なぜ参加者らは
感動したのか

 実際、この討論会に参加していた一人は感慨深げに、次のように述べた。

「なんと素敵なひと時だったのか!心よりうれしかった!恐らく、これは1949年(中華人民共和国が建国された年)以来、『両岸三地』の青年たちにとって、もっとも有意義な交流だった。政治の話題も絡んでいたが、まったく険悪な雰囲気がなく、平和で温かく、ほほえましかった。

 われわれの体には同じ血が流れているが、いろいろな原因で、隔たり、誤解を生んだ。この対話を通じて、相手が何を思い、どういう社会、環境に生きているのかなどを知り、世界が広まった。また、今まであった壁も少し取り除けた気がした。緊張感はあったが、とても温かい、平和な時間だった。気がついたら感動して目頭が熱くなっていた」

 さらに、「討論会に参加して、『両岸三地』の若者がこのような交流に飢えていていることを肌で感じた。今後も参加したいと思っている。その時にちゃんと自分の気持ちを伝えたい」と語った。

 もう一人の参加者は、なぜこの討論会がよかったのかを説明した。

「中国のネットは発達して、いろいろなプラットフォームがある。しかし、ここ最近、冷静な議論にならず、ものごとが単純化され二元論になってしまっていた。意見や見解の違いにより、お互いを強く批判し合ったり、すぐ炎上しバッシングされたりする傾向が顕著となっている。

 コロナでさらにギスギスした社会になってしまった。結局、多くの人が違う意見を言うことを恐れて黙り込んでしまう。意見が食い違っても怒る人もいなかったし、自分の意見を人に押すつける人もいなかった。われわれを平和なネットの世界に連れて行ってくれた」

 多くの人がこのようなコメントをしている、つまり、その討論会に参加しなかった人たちも、クラブハウスについて、このように見ているのだ。

 その一方で、

「皮肉なことだが、クラブハウスは平和なのに、われわれの『微博』には、クラブハウスについてもうすでに激しく意見が対立し、喧嘩(けんか)となっている」

 との書き込みもあった。

「われわれは、ただ、多元な世界を知りたい、違う見解を聞きたいだけ、これこそインターネットの初心ではないだろうか。クラブハウスはそれらを実現してくれた。まるでユートピアのようだ。国籍、性別、年齢、職業関係なし、そして、平等で自由に発言できる」

 多くの投稿の中で、「平和」「平等」「調和」「自由」といった単語が目立った。