戦争にも協力した過去の電通
求められる「自分の意思と言葉」

「国鉄民営化」で日本国有鉄道清算事業団に移管された港区東新橋1丁目の、貨物列車・荷物列車ターミナル駅だった汐留駅跡地に位置する地上48階建て電通本社ビル。併設の電通四季劇場「海」、地階と最上階の飲食店舗等を含む施設全体の呼称は「カレッタ汐留」。

「長い時間を悠々と生きる亀のイメージに、ゆったりとした時間、余裕のあるライフスタイルを持つ都市生活者のイメージを重ね合わせ」、アオウミガメの学名“Caretta Caretta”からネーミング、と能書きに記されています。

 その地階で、江戸時代からの広告資料28万点を蒐集するアドミュージアム東京。(https://www.admt.jp/

 公益財団法人吉田秀雄記念事業財団が運営する「日本で唯一の広告ミュージアム」です。大政翼賛会が広告主のポスター「進め一億火の玉だ 大政翼贊會」も所蔵されています。

「大東亜戦争」と東條英機内閣が閣議決定した当時の「日本」の人口は7300万人。台湾と朝鮮の人口も含めて「一億」なのです。そのポスターの作成は自暴自棄な敗戦間際かと思いきや、真珠湾攻撃の翌年1942年。

「このポスターを製作したのは『報道技術研究会』。民間の広告技術者によるボランティアのような組織から、戦争が進むにつれて、国家宣伝を担う専門集団に発展していった」と解説が付されています。

 ハンナ・アーレントが描いたアドルフ・アイヒマンと比べたら失礼なくらいに「ナイーヴ」だったであろうクリエーター達が、戦略も戦術も欠落した無謀な戦時体制の「同調圧力」に組み込まれていった歴史を伝える一枚の広告物です。

 現在は閉館中のアドミュージアム東京のHPでも閲覧可能な、その「一枚の広告物」に付された解説を読み返す度、僕は痛感します。(https://www.admt.jp/collection/item/?item_id=85

「良心」の持ち主をも、いとも無慈悲に併呑(へいどん)し、消費していく社会は、昔も今も変わらないのだと。であればこそ、何時の時代に於いても「自分の五感で捉え、自分の言葉で語り、自分の意思で動く」しなやかな心意気を私たち一人ひとりが持ち合わせることが、如何なる業種、職種に於いても肝要なのではなかろうかと。