Q9. PoCに疲れてしまった

 最近「PoC(Proof of Concept)疲れ」といった言葉をよく聞く。ようやく実証実験にこぎつけても、その先の事業化のフェーズになかなか進まず、現場が疲弊してしまう状態を指すようだ。

 PoC疲れの原因はいくつか考えられる。1つ目は、PoCそのものがルーティーンのようになっているケースだ。リーダーはPoCをこなすことには熱心だが、そこから先のイメージはつかめておらず、現場は膨大な作業に忙殺されてしまう。2つ目は、実際のターゲットユーザーにアイデアを当てることなく「ごっこ遊び」に興じているケースだ。もし本物のユーザーから生のフィードバックが得られ、それを商品改善に反映し、ユーザー数やエンゲージメント指標、あるいは獲得単価などの数字が積みあがっていることが実感できれば、(疲れこそすれ)有意義で爽快なはずである。

 3つ目が一番よくあることで、かつ大問題なのだが、PoCに100%の成功を求めるあまりに、準備に過剰な時間をかけているパターンだ。これまで多くのPoC事例を見てきたが、もっと簡易なプロトタイプでも十分検証できたのではと感じるケースは多い。「Q12.減点主義を脱し、イノベーティブなカルチャーを醸成するには」でも述べるが、日本企業は完璧な成功を求めすぎだと私は思う。かつての高度成長期であれば、正確さや品質の高さは日本企業の大きな武器だった。しかし、変化の速いデジタル時代においては、(プロダクトの性質にもよるが、)6割程度の完成度でひとまず市場に出し、素早く改良するといったスピード感が不可欠だ。BCG Digital Ventures (BCGDV)では、多少粗削りであっても、どんどんモノをつくってユーザーにあてていくことで、メンバーの緊張感やモメンタムを維持している。米国のスタートアップも、致命的な欠陥がないと確認さえできれば、αバージョン、βバージョンと称してどんどん新商品を世に出す傾向にある。

 完璧なモノを世に出さなければならないというマインドセットの裏には、大企業として築いてきたブランドや、それが棄損されるリスクなどがあるのだろう。それもある程度は致し方ないため、多少の失敗も含めて実験をガンガン推進できるような「隠れ蓑組織」を持つことも一つの方法だ。

 いかに完璧主義を脱するかが日本社会に突き付けられた大きなテーマだと思う。

Q10. CDOの社内での力が弱く、改革が進まない

 まず、私はCDOという役割そのものが過渡期的な存在だと考えている。今やデジタルに関係しない企業活動などほとんどない。「チーフ・アナログ・オフィサー」が存在しないことを考えれば、ご理解いただけるかと思う。今後、より多くの企業がテクノロジーに精通するようになれば、CDOという職務自体が時代遅れになることだろう。

 一方で、過渡期的な存在とはいえ、CDOには一定の果たすべき役割がある。CDOとは、デジタル変革の旗振り役であり、変革に必要な人材、組織、意思決定プロセス、あるいはビジネスモデルの改革をも推進する統括責任者であるはずだ。それにもかかわらず、CDOが事業責任を持たないために、社内での立場が限定的なケースが多い。