各自治体の「手話言語条例」制定がもたらすもの

「きこえなかったあの日」には、震災で生活の変化を余儀なくされた「きこえない人」たちが登場する*7 。なかでも、一人暮らしの自宅を津波で失った加藤褜男(かとうえなお)さんの存在は、カメラを回す今村さんに大きな影響を与えたようだ。高齢者である加藤さんの手話は独特で、それは、手話のできる今村さんにとっても、数字しか読み取れないものだった。

*7 宮城県聴覚障害者協会の会員979人(当時)のうち、14人が津波の犠牲となり、亡くなった。(「きこえなかったあの日」プレスリリース内「東日本大震災」より)

今村 手話が通じないことに最初はとまどいましたが、手話が禁止されていた時代*8 に十分な教育を受けることができなかった加藤さんのバックボーンを知っていましたし、加藤さんと親しくされている手話通訳の方もそばにいらっしゃったので、彼女を介してやりとりをしようと思いました。質問したことと違う回答が返ってくることも度々ありましたが、それは加藤さん個人の問題ではなく、その時代に生まれたがために社会に背負わされたものだと感じています。

 国内の手話には日本語対応手話と日本手話などがあって*9 、手話を母語とする人と、日本語を母語としていて中途失聴した人など、それぞれの背景によっては、「こっちがいい」「あっちがいい」と意見が分かれてしまうこともあります。でも、私は、コミュニケーションの手段として、その人の考えや思いを正しく伝えることができればどちらでもいいと思っています。

*8 「昭和の初期には口話法が推進され、全国のろう学校では一部を除いて、手話の使用が禁止されました」(「きこえなかったあの日」プレスリリース「日本のろう教育について」より)
*9 多くのろう者が伝統的に重んじ、使用している「日本手話(Japanese Sign Language JSL)」は、日本語と異なる独自の文法構造によって成り立っている。一方、「日本語対応手話(Signed Japanese)」は、健聴者が手話講習会などで学ぶことが多く、音声言語としての日本語に手話単語をあてはめたものになっている。他に、双方の要素を取り入れた「中間型手話」もある。

 2011年に改正された「障害者基本法」において、手話は「言語」と位置づけられた*10 。そして、2013年には、鳥取県で「鳥取県手話言語条例」が制定され、今年(2021年)2月現在、「手話言語条例」が成立している自治体は、29道府県/14区/273市/56町/2村の計374の自治体に及ぶ*11 。条例が制定された自治体の施策としては、手話の普及啓発や通訳制度の充実、手話言語を守る事業に対しての予算などが設けられ*12 、「きこえない人」にとっても「きこえる人」にとっても、手話が、より身近なものになってきている。

*10 2011年7月、改正障害者基本法案が参議院本会議で可決・成立し、同年8月5日に公布された。この改正で、第3条三に「言語(手話を含む。)」と規定され、法律によって、手話の言語性が認められた。
*11 一般財団法人 全日本ろうあ連盟ホームページ「手話言語条例マップ」より
*12 一般財団法人 全日本ろうあ連盟PDF「手話言語法の制定へ!」より

今村 県や市が、手話を自ら広めようとしている動きはとても心強いです。これまで、「きこえない人」自身や手話サークルなどが一生懸命に広めようと活動してきたおかげです。その地道な運動が県や市を動かしたと思っています。行政の影響力は大きいので、ありがたいですね。いまは、社会全体が変わってきている感じがあります。今回の新型コロナウイルス感染症についても、知事の会見や研究者の公式発表などで手話通訳がつくようになりました。10年前は考えられなかったことです。

 ただ、(映画に登場する)加藤さんのような文字の読み書きの厳しい年輩の方の情報保障が少し遅れている気がします。加藤さんはテレビ画面の字幕を見ても理解できないことがあります。そうした方は全国にいます。「きこえない人」の中のさらにマイノリティの方の情報保障が、これからの課題のひとつだと思います。