ハーバード・ビジネススクールへの留学。アメリカでの生活を通して沢山の日本人(大学院)留学生と知り合った。多くは、大手企業や官公庁から来ている「派遣組」。所属している組織から選抜されて留学にきた彼らは当然「出来る」人達。日本の組織のエリートだった。当然英語力も高く、TOEICの点数なんかも満点に近い人達だったのだが・・・。
ハーバードへの留学生はそうでもなかったが、他校の、驚くほど多くの日本人留学生は、学校が始まり少しするとどんどん内にこもり始めていった。
社交の場から姿を消し、外国人の友人も作らず、授業での発言もなく、ただ日本食材店と自宅と日本人仲間の集いを行き来するだけとなって、ただただ時間が過ぎ帰国の日が来ることを待っているかのようだった。わざわざ高いお金を出して、さらに業務を長期間休み「多様性のある学び場で、色々な人間と交わるダイナミズムの中で学ぶ」というミッションを全く遂行せず、最初の波も超えることが出来ずに跳ね返されていた。
彼らの何が問題だったのだろうか?当然英語の点数ではないはずだ。いや、組織の選抜に選ばれたくらいだから、むしろ、もともとの英語の点数の高いはずの人たちだった。
彼らを近くで見ていた僕は思う。
彼らは、英語力は高かったが、「本当に必要とされている英語力」、つまり「トコトン伝える力」が足りなかったのではないか。
英語力はあろうとも、伝えるべきことをきっちりと相手に伝えることが出来ず、深い話し合いが、本質まで突き詰める話し合いが出来ず、他の生徒たちとトコトン話しあえなかったのではないか。それで「多様性の中で周りと意見を戦わせて成長していきたい」という周りの生徒からどんどん相手にされなくなり、置いてきぼりにされ、フェードアウトしていったのではないかと思っている。