その一方で、 国家の枠の外で出来上がったのが、新たな格差の存在である。既に先進国と開発途上国ではワクチン確保の量が異なることが指摘されているが、今後、経済活動を再開させる国が増えるにつれ、この格差は広がっていくとされる。

 早期の段階で国民の多くにワクチン接種を始めたイスラエルは、ワクチンの保管量や接種のノウハウの蓄積量で、コロナ禍における世界的なプレゼンスを高めつつあり、今後もその地位を内政・外交にて遺憾なく発揮されることが予想される。

 しかし、ワクチン調達の見通しすら立っていない国もいまだに多く、こうした国々から世界から取り残されてしまう現状もある。

 まさに、 コロナ禍という「大地震」 は、多層な社会構造を持つイスラエルの国内外に「大きな断層」を走らせる結果となった。

持てる人々と持たざる人々
懸念される「新たな分断」

 こうして予期される格差は「ワクチンナショナリズム」と呼ばれているが、ワクチンを「持てる人々」「持たざる人々」という新たな分断が生まれないことを祈るばかりだ。

 現代の国家は、国境・人種を飛び越えた世界的現象と立ち向かわなければならぬ一方で、国内の人々への対応という二つの役割を担うことが期待される。

 ここで重要なのは、安易な「自国第一主義」といい加減な「協調主義」に振れぬよう、絶妙なバランスが求められることだ。

 1929年の世界恐慌で早急に立ち直った国々が、その後の国際秩序で大きな存在感を見せ始めた、あの時代の再来とならぬことを祈るばかりである。