新刊『感情マネジメント 自分とチームの「気持ち」を知り最高の成果を生みだす』では9割のチームがつまづく「感情」をうまく扱う方法を紹介しています。昨日は、本書にも盛り込んだリーダーがメンバーの感情に配慮せず昔の自慢話をしてマネジメントに失敗したケースを紹介しました(詳細は「部下の悩みにかぶせて過去の自慢話!そんなリーダーは通用しない」)。今回登場するリーダーは、何よりも効率を重視する人物。よかれと思って実践したことが次々と裏目に出た背景にも「感情」の問題がありました。

感情を無視した「良かれと思って」がプロジェクトを崩壊させるPhoto: AdobeStock

「とにかく効率アップしなくちゃ」症

 Aさんはメーカーの販促部門でWebマーケティングチームのリーダーを務めています。変化の速い領域だけに、Aさんは最新技術の情報収集に熱心で、今日もWebマーケティングセミナーに参加していました。

 セミナー会場で、AさんはフリーランスのマーケターのXさんと知り合います。XさんはSNSを活用したマーケティングで実績を上げている人物です。

 Aさんのチームは最近SNSマーケティングに着手したばかり。経験者がいないため、SNSになじみのある若手メンバーのBさんをプロジェクトリーダーに抜擢しました。

 若手の中では優秀なBさんですが、社内初のプロジェクトに不安な様子。ノウハウのキャッチアップにも時間がかかり、進捗はスムーズといえません。

 AさんはXさんに相談を持ちかけました。

「Xさん、うちの会社もSNSマーケティングを活用したいんですが、ノウハウがないんです。もしよろしければ業務委託という形でプロジェクトチームに入ってもらえませんか? 若手メンバーに指導をしていただきたいんです」

 Xさんは快諾し、SNSマーケティングのプロジェクトリーダーとして、メンバーに運用ノウハウを伝授するまで伴走することになりました。Xさんとの契約が成立した翌朝のミーティングで、Aさんはメンバーにこの件を伝えました。

Aさん「Xさんは、○○社や△△社のSNSマーケティングをリードした人です。Bさんも、Xさんにリードしてもらえば安心でしょう」

Bさん「……そうですね。私だけでやるよりもずっと早く成果を出せると思います」

Aさん「Bさんは、Xさんからしっかり学んで、立ち上がった後の運用で力を発揮してもらいたい。そこからは、君がリーダーだから」

Bさん「……わかりました。いろいろ教えていただきます」

 Aさんは安心しました。SNSマーケティングのプロジェクトは上層部からも期待が寄せられています。「この体制なら最短距離でプロジェクトを完遂できそうだ。Bさんも成長できるだろう」と考え、自分の采配に手応えを感じていました。

 ところが、Bさんは肩を落としていました。確かにプロジェクトリーダーを任されたときは「自信がないんですが……」と不安な気持ちを伝えたけれど、同時にやりがいも感じていました。「このプロジェクトを成功させれば、みんなに認めてもらえる」「自分の強みを確立して、キャリアを発展させられるかもしれない」と考えていたのです。

 時間はかかりましたが、就業後や休日も勉強して自分なりの戦略を立てつつありました。

 そのタイミングで、AさんがXさんを連れてきて、Xさんがすべてを仕切るようになったのです。Bさんは、密かに燃やしていた情熱に水を浴びせられました。

「自分のやり方で挑戦してみたかったんだけどな……」

 Bさんはチャンスを奪われたような気がしてがっかりしました。「やはり僕では力足らずだったのか」と寂しさも感じました。それでも、不満を漏らすことなくXさんの受け入れに同意しました。「Xさんがやったほうがチームのためになる」と考えたからです。

 Xさんは、豊富な経験をベースに早々にプランをまとめ、Bさんをはじめとするメンバーたちを指導しました。ところがしばらくして、Aさんに「プロジェクトを降りたい」と申し出てきました。

Aさん「うまくいっていると思っていたんですが、どうしてですか」

Xさん「私はメンバーのみなさんに歓迎されていないようです。話をしていても反応が鈍いし、プロジェクトを成功させようとする意欲も感じられません。これでは正直、私も楽しくありません。情熱を持ったチームと働きたいんです」

 こう言い残し、Xさんは去っていきました。Aさんは原因がわかりませんでした。Bさんがこのプロジェクトに意欲を燃やしていたことも、Xさんを迎えたことでモチベーションが急低下していたことも、気づいていなかったのです。

 BさんはAさんの判断に納得したものの、うまく気持ちを切り替えることができず、Xさんに心を開くことができず、Xさんの指導に淡々と反応していました。他のメンバーもBさんの思いを知っていたため、Bさんへの気遣いからXさんに対して冷めた態度になっていました。

 こうして、チームの空気はよどんでいったのです。ゴールへの最短プロセスを描いていたつもりのAさんでしたが、結果的には振り出しに戻ってしまいました。

 ビジネスはスピード感を持って成果を出すことが一番と信じてきたAさん。「新しい挑戦をしていると社内にアピールしたい」という欲もありました。そのため、メンバー一人ひとりの成長スピードに寄り添うことを後回しにして、先走ってしまったのです。

 もしAさんが、Bさんの感情を理解していたら、時間がかかってもBさんにすべてを任せる判断を下していたのかもしれません。その結果、Bさんは大きな成長を遂げ、より頼もしい存在に育ったかもしれません。

 Xさんの力を借りるにしても、事前にBさんの意見を聞き、Bさんが望む形でサポートしてもらう方法を選べたかもしれません。そうすれば、スピードアップとBさんの成長の両方を実現できた可能性もあります。

 リーダーの判断が理にかなっていたとしても、メンバーの気持ちや状態、成長スピードに配慮なく効率主義で進めてしまうと、実行段階で不具合が生じてしまいます。

 Aさんは成果を優先した結果、メンバーの「感情」をおろそかにし、プロジェクトの実行段階でつまずいてしまいました。Aさん自身にも結果を焦る気持ちがありました。自分の抱く焦燥感とメンバーの失望。こうした「感情」に目を向けず、自分勝手にプロジェクトを進めようとしたことが、失敗の一番の原因でした。

 Aさんは、どうすれば良かったのでしょうか。