『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』の著者ヤニス・バルファキス元ギリシャ財務相による連載。今回のテーマは、デジタル通貨です。銀行家や超富裕層による支配からマネーを解き放ち、人々や地球環境に役立てる良法は、中央銀行によるデジタル通貨発行だと説きます。
マネーの歴史は、決済システムとマネーツリー(金のなる木)の支配をめぐる闘争の歴史だ。今日、双方の支配権は銀行家たちの手中に握られており、中央銀行が景気浮揚を試みても、結局は格差を拡大する一方で、景気低迷や迫り来る気候変動への対処には失敗している。今こそ、こうした恥ずべきカルテルに終止符を打つべきときだ。
そのための方法が、中央銀行による暗号通貨(デジタル通貨)の創設である。
コーヒー1杯の代金をデビットカードや電子マネーで支払う場合、その取引は銀行家たちが全面的に所有するデジタル決済システムを介して行われる。道路や下水道のように公益事業であるべきものが、利潤を生むカルテルと化している。同様に、銀行家たちが融資を行うたびに、借り手の口座の残高は増大し、それによって新たなマネーが生まれる。ドル、ポンド、ユーロ、円などといった通貨は、もっぱら民間の銀行家たちが魔術のごとく召喚するものなのだ。
現行システムを支持する勢力は、(中央銀行による暗号通貨発行に対して)、銀行家が「金のなる木」を利用する能力が中央銀行によって制約される、と抗議するだろう。中央銀行は銀行家たちに対して、安全債務(米国債や不動産担保など)の最低比率を課すことにより、新たなマネーの創出に制限を設けている。確かに理論上はそうかもしれないが、危機のさなかには膨大な融資が不良債権化し、中央銀行としては、銀行が破綻するのを容認するか、ますます無価値になる担保を受け入れるかの二者択一を迫られることになる。
社会が決済システムを銀行に依存しているということは何を意味するか。それはつまり、2008年以降、そしてパンデミックのもとではなおさら、中央銀行が吐き出すマネーが民間の銀行家たちを通じて超富裕層にシャワーのように降り注ぎ、それ以外のすべての人々は経済停滞と緊縮財政に苦しむということだ。
この罠(わな)にはまってしまったからには、中央銀行が金融機関を管理下に置いたままで経済を再生することは不可能になった。罠から逃れるには、不十分ではあるものの、決済システムと「金のなる木」に対する銀行による二重の独占を終わらせなければならない。問題は、その手段だ。