中国とロシアをねじ伏せられると過信、欧米政治を惑わす「3つの神話」今日問われるべきは「誰にとっての経済か」 Photo: Reuters/AFLO

『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』の著者ヤニス・バルファキス元ギリシャ財務相による連載。今回のテーマは、欧米政治の混迷です。政権リーダーたちの誤った思い込みが、西側諸国の弱体化を加速させていると警鐘を鳴らします。

 自信に満ちたエリートたちは、体制の有効性を反映するものだ。(だが)今日、欧米のエリートたちが自信に満ちているとは言い難い。彼らはこの1年間、事態がこのようになったことを信じられず、不信感を抱いてきた。

 米国では、ジョー・バイデン大統領の経済運営が成功しているのに、人々は感謝の念を持つどころかドナルド・トランプ氏になびいており、中道派は愕(がく)然としている。欧州ではトランプ派の亜流による攻勢の前に、フランスのエマニュエル・マクロン大統領やドイツの緑の党といったリベラルを代表する勢力が失地を重ね、やはり同様の落胆が生まれている。

 ロシア経済に打撃を与えるはずの過酷な制裁が成果を上げず、厳しい制裁にもかかわらず中国ハイテク産業が持ちこたえているせいで、西側諸国全体でニヒリズム(虚無主義)とジンゴイズム(攻撃的な愛国主義)が入り交じった感情が湧いている。自らの覇権を当然視していた西側諸国の中道主義者たちが全体として抱えているフラストレーションの根底には、3つの神話がある。

 第1は、「政治的な中道とは、その定義上、極右にとって最大の敵である」という神話だ。第2は、「平均的有権者」などと僭称(せんしょう)されることもある、選挙を左右する代表的個人(representative agent)の神話だ。第3は、中国とロシアは西側諸国の技術や資本、決済システムに依存しているから、制裁や関税でどちらも抑止できるという神話である。

 それぞれ、単に間違っているというだけでなく、誤解を招いてしまう。その虚偽を暴くことが、たとえ不十分だとしても、現状を正しく理解する方向に向かう一歩である。

 まず、中道主義と極右は激しく衝突している、という神話だ。しかし、マリーヌ・ルペン氏と(当時の)国民戦線が強力な挑戦者でなかったならば、ほとんど無名のマクロン氏がフランス大統領にまで上り詰める事態が生じただろうか。どう見ても、答えは「ノン」である。

 しかし逆に、(減税と大規模金融緩和によって)既存の超富裕層を優遇する一方で、人口の少なくとも半数に途方もない犠牲を強いる緊縮を容認する政策を実施するマクロン氏のような政治家がいなければ、ルペン氏のような人物は強力な挑戦者になり得ていただろうか。これもやはり、答えは「ノン」である。

 マクロン、ルペン両氏がお互いを嫌っているのは確かだが(米国の民主党員とトランプ氏との関係によく似ている)、両者の力は共生関係にある。「少数にとっての国家社会主義と大多数にとっての緊縮策」という中道政治家の政策が、ネオファシスト右派を育む材料を与え、逆にネオファシスト右派の台頭こそが「ネオファシズムに対する唯一の防壁は自分たちである」という中道政治家にとって最も有力な主張を再び強化しているのだ。

 では次に、パンデミック収束後の西側経済の力強い回復をうっかり軽視してしまう、感謝の念に欠けた「平均的有権者」という神話を見ていこう。