トランプ次期大統領も米国の貿易赤字には敵わない貿易赤字解消はトランプ陣営のためにならない? Photo: AP/AFLO

『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』の著者ヤニス・バルファキス元ギリシャ財務相による連載。今回のテーマは、ドナルド・トランプ次期米大統領が解消を誓う米国の貿易赤字です。万が一、公約が実現した場合に起こり得る自業自得の事態とは?

 ドナルド・トランプ次期大統領は、米国の貿易赤字を解消するという決意をあくまで貫けると真面目に考えている。しかし、米国の貿易赤字の側もさらに頑固に巨大なままであり続ける構えであり、第47代米国大統領がどんな球を投げ込んできても打ち返してしまう可能性が高い。というのも、貿易赤字はブレトン・ウッズ体制以後の米国の構造に深く組み込まれており、次期政権がとり得る手段とその目的を超えたところに存在しているからだ。

 最初は手段について検討しよう。トランプ氏が貿易収支との戦いにおいて配備できる2つの強力な武器は、標準的な輸入関税と、1962年通商拡大法第232条である。後者によって、米国政府は国家安全保障の観点に訴えて、保護主義的諸国や経済圏に対する報復措置を正当化できる。例えば、米国と欧州連合(EU)間の自動車貿易において、EUは巨大な黒字を計上し続けながら、あらゆる自動車輸入に対する一律10%の関税に加えて、さらに非関税障壁も課している。

 しかし、関税や第232条のいずれをもってしても、米国の貿易赤字を縮小させることができるとは断言できない。その理由を理解するために、就任初日にカナダ、メキシコに25%(中国には追加で10%)の関税を課すと豪語しているトランプ氏が、関税や他の懲罰的な輸入制限措置をせっせと断行したとしてみよう。それで確実に、輸入は縮小するだろう。しかし、同時に輸出も減る。特に、トランプ氏の関税や輸入割当が、イーロン・マスク氏やビッグテックの実業家仲間たちに公約した大規模減税と組み合わされた場合はそうだ。

 関税が米国の輸出に与える悪影響は、ドルが持つ国際的な役割を反映する。ドルは、非米国人が、いかなる米国企業から何も購入しなくとも、保持したい唯一の通貨である。もしトランプ氏が中国や欧州からの輸入を徹底的に抑え、政府の歳入を(国内における減税政策を可能にしつつ)増やせる水準まで関税を引き上げた場合、金融市場が確実にドル高をさらに押し進めることになる。そして、仮に国内の減税も導入されれば、ドル高はさらにもっと押し進められるだろう。

 従って、トランプ氏の関税が輸入を減らす傾向に寄与したとしても、高騰するドルは、輸入を促進し、米国の輸出を減退させることで、この傾向を中和させてしまうだろう。米国の貿易赤字はおおよそそのままだろう。