『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』の著者ヤニス・バルファキス元ギリシャ財務相による連載。今回のテーマは、パリ五輪の熱狂で覆い隠されていたフランス政治の混迷です。7月に決選投票が実施された国民議会(下院)選挙でマクロン大統領の与党連合は左派連合と事実上共闘し、ルペン氏率いる極右政党を第3勢力に抑え込みましたが、そもそも中道政治の政策には手詰まり感が漂っています。最後に笑うのはルペン氏なのでしょうか?
フランス政治が突き当たっている袋小路の背景には、欧州の既存構造の下では解決できない経済的な難問が潜んでいる。コロナ禍をきっかけとする4年間の金融緩和を終え、ユーロ圏では再び財政規律が要求されるようになり、フランス政府に対しても一連の厳格な緊縮策が求められているが、エマニュエル・マクロン大統領の与党を含め、どの政党にも、それを実現する能力も意欲もない。それこそが、マクロン大統領が敗北を覚悟の上で総選挙に打って出た最大の理由である。
欧州中央銀行(ECB)の暗黙の支持の下で、欧州委員会が痛みを伴う緊縮財政をフランスに要求することは、ある単純な理由により、不可避である。予算規模も債務残高もフランスよりはるかに小さいドイツが、すでに緊縮財政に踏み切っているからだ。
ドイツ連邦憲法裁判所は、単年の財政赤字を国内総生産(GDP)の0.35%未満に抑えるいわゆる「債務ブレーキ(debt brake)」を厳守しようとしており、その圧力を受けたオラフ・ショルツ首相とクリスチャン・リントナー財務相は、自らの政治生命を危うくさせる可能性が非常に高い厳しい財政緊縮路線に踏み切った。
ドイツが大規模なインフラ投資を切実に必要としている時期にもかかわらず、GDPの2.5%という穏当なレベルの財政赤字さえも解消するために、その道を選んだのである。それなのに、対GDP比5.5%あるいはそれ以上になろうかというフランスの財政赤字を容認する理由を自らの所属政党に説明できるだろうか。もちろんできないし、するはずもない。
フランスは、欧州委員会やECBのユーロ危機対応マニュアルに準じた露骨な圧力を受けるものと予想される。欧州連合(EU)本部によるネガティブなコメント発信が始まり、フランス国債の保有者に不安を抱かせるようになるだろう。フランスが3兆1000億ユーロ(3兆4000億ドル)の公的債務残高を借り換えるために支払うべき金利は徐々に上昇し、それとともに、ECBが味方についてくれるかどうかという不安も高まっていく。
リントナー独財務相はすでにECBに対し、最近発表された「伝達保護措置(TPI:Transmission Protection Instrument)」をフランス救済のために適用しないよう警告するコメントを発し、フランス国内から大ブーイングを浴びた。ドイツの財務相は、自身の発言が自己成就的な予言の始まり以外の何物でもないと理解していたはずだ。
ECBがTPIによる救済枠組みを発表したのは、コロナ禍後の不安を鎮めるためだった。TPIは、フランスのように過剰な財政赤字を抱えた国々への適用を想定したものだが、そのためには、対象となる諸国がEU本部主導の財政緊縮策を受け入れることが大前提だ。だが、それはフランスにとっては政治的に有害なことである。なぜなら、新政権が新たに緊縮路線に舵を切ったとしても、フランスの財政収支がEUの定める範囲まで首尾よく改善できるとは言い切れないからだ。
つまり、フランス政権が従順になれば、ひどい展望が待ち受けている。政治的には混乱する(緊縮財政には国民議会の3分の2の勢力が猛烈に反対する)のに、財政的な誠実性(probity)を取り戻せる保証はないのだ(緊縮財政は経済成長を圧迫するから)。