自分が変わり、社会が変わるSF思考

大澤 文学においてSFは傍流と思われがちですが、実は純文学にカテゴライズされる作家が実質的にSFを書く例はかなり多いのです。古くは安部公房の『水中都市』『第四間氷期』や大江健三郎の『治療塔』などがありますし、最近では芥川賞作家の村田沙耶香が『消滅世界』を書いています。海外では米国のカート・ヴォネガットが純文学とSFの両面から評価される作家でした。今年だとカズオ・イシグロの『クララとお日さま』なども該当します。

 作家にとって、世界に対する設定の自由度が高く、問題意識をさまざまなレベルで反映できるSFは、魅力的なジャンルです。ただ、まだ日本では、大人の読者が読むべきジャンルとして、明確には認識されていないかもしれません。

関根 ビジネスの世界でも、日本の経営者はSFより歴史小説を好みますしね……。といいつつ『鉄腕アトム』や『機動戦士ガンダム』などに思い入れのある人も実は多いのです。漫画やアニメのような楽しいものはプライベートなもの、仕事は自分を厳しく律しなければならないパブリックなもの、と線引きしてしまっているのだと思います。

大澤 公私が分断しているのですね。日本ではいわゆるサブカルチャーと呼ばれてきた漫画やアニメにこそ世界的な傑作が生まれていますし、メインストリームから外れた場所でこそイノベーションが生まれやすい。これも公私の分断の一例かもしれません。

 さまざまな規制の強い日本で、「サブ」の領域が既存のしがらみを離れ、自由な発想を許容する安全地帯として機能し、才能を育ててきたことは、日本、ひいては世界にとって非常に意味があったことだと私は思います。しかし一方で、イノベーションの芽、世界を変え得る力を「サブ」領域として、主流と区別し続けることは、関わった人にとっても正当な評価ではないですし、社会としても、もったいないことだとも思います。私たちの社会の潜在的な強みを生かしていくために、SF思考を活用していきたいです。

関根 私は、SF思考を本当にビジネスの現場に浸透させるには、思い込みをいったん外して「仕事をもっと楽しもう」と心から思えるようにマインドセットを変革することが大事だと思っています。未来を創造するには既成概念だけでは材料不足です。そして、不足しているものは、実は自分の中にある。そのことにぜひ気付いてほしい。そうなればビジネスはもっと「自分ごと化」するし、革新的なことも起こしやすくなります。

大澤 確かにそうですね。まさにそういう意味で、個人的には『SF思考』の第3章を多くの人に読んでほしいです。がっつりビジネス側の人間である藤本敦也氏が、「SF思考」によって意識が変わり、仕事のやり方も変わったことが語られていて、読んでいて本当にいいなあと思いました。その熱い思いもさることながら、宮本道人氏との出会いから新しい何かが生まれていったプロセスそのものもSF思考的ですよね。誰にとってもSF思考が当たり前になれば、社会は大きく変わると思います。