世界構造ありきの文学が企業に未来を描く構想力をもたらす
関根 『SF思考』は、そもそも三菱総合研究所の創立50周年記念研究の過程から生まれた本です。その研究テーマは「50年後の未来」でしたが、普通の未来予測では、アイデア勝負のとっぴな未来か現在の延長線上の凡庸な未来の両極に偏ってしまう。このギャップをどう埋め、いかに建設的な議論に落としていくか――。最初に大澤先生に相談した時点での問題意識はそこにありました。
大澤 三菱総研の研究チームのメンバーは専門分野も多彩で、私自身もディスカッションを通じてさまざまな発見がありました。皆さん個性豊かで、『シン・ゴジラ』の特命チーム「巨災対」みたいでしたね(笑)。
関根 メンバーが多様なだけに紆余曲折はありましたが(笑)、研究全体をロジカルにつなぐためにこそ、思考のパーツとして、ある種の飛び道具が必要だと気付けたことは大きかったです。そのおかげで「ありたい未来」を描くことができた。私たちの研究に足りないもの、それがSFの特徴にあったというわけです。
大澤 文学としてのSFの特色の一つに、「科学的思考法から発想した世界構造」を掘り下げる点があると私は思います。SFの場合は、現代社会へのリアリティや人間心理の掘り下げよりも、まず世界の構造を考え、そして、そこで生きる人間の行動や思考に思いをはせる。こうしたアプローチは、まさに未来を構想するための方法論と合致します。
複雑な新技術が実装された社会をシミュレートしたい場合もSFは役に立ちます。例えばAIは、便利さの半面、これまで人間が行ってきた判断を委ねるリスクもある複雑な技術です。例えば「自動運転AIが街に入ったときの問題点や決断のポイント」といった問いに、すぐ具体的に即答できる人はなかなかいないと思いますが、SF的な発想をすることで、背景世界から各場面を想像でき、難しい決断をするためのさまざまなヒントが得られます。
三菱総合研究所 参与
早稲田大学大学院理工学研究科修了。博士(工学)。1994年、三菱総合研究所入社。入社以来、宇宙開発、地球観測、森林環境・ビジネス(温暖化対策)、防災を中心として途上国開発支援、政府・自治体事業に関わる事業に従事。また、50年後の世界・日本を見据え、未来社会像を描きその実現に向けた同社50周年記念研究を担当。同研究成果を踏まえた3X(DX/BX/CX)に関わる研究・提言を先進技術センター長として推進。東京大学工学部非常勤講師。日本防災プラットフォーム監事。
関根 日常のスケール感を容易に逸脱できるのもSFならではですね。人体の細胞の活動を擬人化した漫画『はたらく細胞』のようなミクロな視点があるかと思えば、ベストセラーになっている中国のSF小説『三体』のように全宇宙を視野に入れることもできます。
新規事業を構想するにせよ、ゼロカーボンのような温暖化対策を検討するにせよ、競合の動きや過去の成功体験に学ぶだけでは革新的な取り組みは生まれません。日本どころか地球全体、時には宇宙にまで視野を広げなくてはならない。これからのビジネスにおいてはSF的な発想はますます重要になるし、SF思考的な素養を持つ人材がもっと求められるようになるでしょう。
大澤 ただし、注意しなくてはならないのは「作品に責任を負わせ過ぎないこと」だと思います。SFは未来を予知するものではなく、あくまでイノベーティブな発想を語り合う手段であり、非連続な未来に跳ぶためのステップストーンであることを常に意識することが大事です。そうでなければ、せっかく未来のプロトタイプとして創作したSFが、現状を肯定する広告やプロパガンダとして消費されるだけになってしまいます。
三菱総研さんとの共同研究では、SFを未来社会構想に活用する研究に先駆的に取り組む米国アリゾナ州立大学の科学と想像力センター(CSI)を訪問しました。感心したのは、多様なステークホルダーを巻き込むための方法論が充実していたことです。多様な人をどう集めるか、彼らの意見をどう引き出すか、作品にそれをどう取り入れるか……。作品も「作りっ放し」ではなく、完成後に実現可能性を評価したり、アレンジしたりする機会が設けられていました。ツールとして持続的に使い続けることが大事なんですよね。
関根 そして、多様な意見の衝突から生まれる化学反応が物語としてアウトプットされることの意味は大きいですね。未来像が小説や漫画になれば、無味乾燥な報告書よりずっと刺さりますし、異質な価値観をつなげる懸け橋にもなる。そして、作品を足掛かりに、議論がさらに広がっていく。街づくりの合意形成のためにSFを活用するアプローチは、日本でもぜひチャレンジしたいと思っています。