アカデミアに学際的に広がるSF

関根 大学や研究機関でのSF活用の現状はいかがですか。

大澤 まだまだこれからだと思います。まず、学問領域としてのSFの位置付けがやや特殊です。SF自体は文学ジャンルの一つであり、日本でももちろん、これまで多くの研究が行われていますが、さまざまな要因から、SFを専門分野として名乗る研究者は多くありません。例えば、米国のカンザス大学SF研究センターのように「SF」を専門に扱う研究拠点は、日本には存在しません。一方で、理工系の研究領域と「科学的思考」を軸とするSFの親和性は高く、私が所属する人工知能学会の他、日本ロボット学会や計測自動制御学会もSF作家と活発に交流しています。最近では、経営学系の研究者が「フューチャープロトタイピング」のような新しい思考法の一環としてSFに着目し始めている流れもあります。

関根 文学でありながら、むしろ理系領域での活用が目立ちますね。

ビジネスの望む未来を「SF思考」で引き寄せる大澤博隆(おおさわ・ひろたか)
筑波大学 システム情報系 助教

慶應義塾大学大学院理工学研究科修了。博士(工学)。2013年より現在まで、筑波大学システム情報系助教。ヒューマンエージェントインタラクション(HAI)、人工知能の研究に幅広く従事。HAI研究室主宰者。2018年よりJST RISTEX HITE AIxS プロジェクトリーダー。共著に『人狼知能 だます・見破る・説得する人工知能』『人とロボットの〈間〉をデザインする』『AIと人類は共存できるか』『信頼を考える リヴァイアサンから人工知能まで』など。人工知能学会シニア編集委員、日本認知科学会会員、日本SF作家クラブ理事。

大澤 はい。例えば東京大学先端科学技術研究センターの稲見昌彦教授と『攻殻機動隊』、東京大学次世代知能科学研究センターの松原仁教授と『鉄腕アトム』のように、研究と作品が強く結び付いている研究者もいらっしゃいますし、そうした方々はテクノロジーのイメージを共有するコミュニケーションツールとしてもSFを活用しています。ただし、個人的な活動の範囲を超えて、プログラムとして大学でSFプロトタイピングを実践する例はまだほとんどありません。私としては、学会でワークショップを実践したり、教育プログラムとして組み込んだりと、教育の分野でも積極的にSF思考を取り入れていきたいと思っています。

 というのも、個人的にはSF研究を認知科学領域の「想像力研究」につなげたいという思いがあるのです。そもそも人間の想像力とは何か、どのような役目があるのか、他者や世界はどのように想像されるのか。知能と想像力の関連性、メカニズムを明らかにしたい。そして、研究成果として方法論を確立し、「発想支援」などの分野に応用することを考えています。

関根 発想力を鍛えていくことは、これから非常に重要ですね。私も非常勤講師を務める大学の演習でSFワークショップを開催しましたが、発想が柔軟と思われた大学生でも、常識が邪魔をしてなかなか発想を飛ばせない場面がありました。

大澤 それは発想そのものが固まっているというより、とっぴなアイデアを口にすることに対する抵抗感かもしれませんね。インターネット社会を前提として生きてきた今の学生は、賢く多方面の知識を持つ一方で、昔よりも高いソーシャルプレッシャーの中を生きているので、意見を出すときの心理的障壁が強固にならざるを得ない面はあると思います。『SF思考』で紹介したメソッドには、その障壁を越えるための工夫もかなり盛り込まれていますよね。

関根 まずは障壁を越えて発想を飛ばすこと。そして、実現可能なところに着地させること。このバランスは、ビジネスに応用する思考メソッドとして、とても大事です。東京大学大学院の暦本純一教授の『妄想する頭 思考する手』に、研究テーマの評価基準として「天使度(発想の大胆さ)」と「悪魔度(技術レベルの高さ)」という指標が挙げられていましたが、これもSF思考に通じる考え方のように思います。