そう思っていた矢先に対象者がロータリーを出るあたりで突然、停車している車の助手席に乗り込んだのです。あまりに突然の行動に慌てました。車で追わないと!どうしよう!車までは50メートルぐらいあるから走って行っても間に合わないかも…レッドスターに電話して車で来てもらおう! でも鍵は私が持っているんだ! どうしよう!どうしよう! と逡巡していましたが、ふと車のナンバーを見ると対象者の車のナンバーと同じことに気づき、依頼者が迎えに来ているのだと理解しました。

 良かった! 最悪見失っても帰宅するだけだから大丈夫だろうと思い、とりあえずこの状況を撮影しようとカメラを構え録画ボタンを押した直後に車は発車しました。

 なんとか撮影はしましたが、可能な限りは追いかけようと思い、車に走って戻りました。レッドスターからの連絡であろうスマホが鳴っていましたが、今は尾行優先だと思い発車すると、300メートルほど先に対象者の車があることに気がつきました。

 対象者の車は安全運転を心掛けているのか、30キロぐらいの速度で走っているようで、信号で停止したこともありすぐに追いつくことができました。信号が変わり、10メートルほど走ったところで対象者の車は脇に寄せて停車しました。私も5メートルほど間隔を空けて停車しました。

 すると対象者が助手席から降りて、道路の向かいのコンビニぐらいの大きさのスーパーに入っていきました。晩御飯の買い物でもするのかと思って眺めていましたが、対象者はずっとスマホを見ていました。私は「誰かに電話するかもしれない、その会話から対象者の今後の行動が分かるかもしれない」と思い、潜入調査を思い立ちました。

対象者を追ってスーパーへ
思わぬ事態が発生!

 対象者が入って2分くらいしてから、私もスーパーに入りました。閉店時間が近いのか店内のスピーカーから「蛍の光」が流れていました。店内は私とレジの店員1人と対象者の3人だけでした。

 対象者は総菜コーナーを物色しているようでした。私は買い物客を装い、対象者の行動を監視しました。この時に気づいていれば良かったのですが、対象者の違和感に全く気がつきませんでした。私がジュースコーナーからお菓子コーナーへ移動しアイスのコーナーへきた時、手に何も商品を持っていない対象者が私の目の前に来て、私の顔をのぞき込んできました。

 対象者は店内のガラスや反射する素材を使って私のことをずっと監視していました。私の挙動を見て、尾行していることを悟ったのです。私はそれまで対象者の行動を見ていて、尾行を疑われているとは夢にも思っていませんでした。1秒か2秒か、対象者と見つめ合ったことでお互い確信しました。私は全身から冷や汗が噴き出す感覚に襲われ、心臓の鼓動が急激に速くなりました。あの時の対象者の射るような目は、今でも脳裏に焼きついています。

 私は足早に店内を出ました。対象者が追いかけてきていることは足音で分かりました。すぐ後ろにいるのです。店内を出ると全速力で逃げました。十数メートル足音がついてきましたが、振り返らずに車も置いて逃げました。