縦割りが、日本のMaaSをダメにする

酒井真弓酒井真弓(さかい・まゆみ)氏。ノンフィクションライター。1985年、福島県生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。アイティメディアで情報システム部に在籍し、エンタープライズIT領域において年間60本ほどのイベントを企画。2018年10月、フリーに転向。現在は行政から民間まで幅広く記事執筆、企画運営を行う。著書『ルポ 日本のDX最前線』(集英社インターナショナル) Photo by Kazan Yamamoto

酒井 今、MaaS(Mobility as a Service)の分野で、多くの企業がしのぎを削っています。西成教授は、現状をどう見ていますか。

西成 このままではどの企業も危ないと思います。MaaSは、一部を切り取って単体で成功させるのが難しい。公共交通機関や、タクシー、レンタカー、カーシェアリング、物流、ホテル、そして決済の流れ――こういったもの全てを包含するプラットフォームを協力して作っていかないと、個別最適でガラパゴス化し、結局使われないサービスになってしまいます。

 MaaSは技術先行のように見られることが多いのですが、それだけじゃダメなんです。カオスマップを織りなす企業に求められるのは、競争と協調をうまく線引きし、協調できるところは積極的に組んでいくことです。

 特に、日本の物流業界に対してそう思います。アマゾンは、いまや輸送船や貨物航空機も有している。もたもたしていると、今以上にアマゾンがなにもかも運ぶようになるでしょう。アリババも物流に2兆円近く投資しています。対して日本企業はその額が二桁少ない。普通に戦って勝てるわけがありません。だったら、協調するしかないし、競っている場合ではない。そこに気づいてほしいんです。

酒井 しかし、ライバル企業が協調するのは難しいですよね。

西成 よい事例があります。味の素、カゴメ、ハウス食品、日清フーズ、日清オイリオといった食品会社が「商品は競争、運ぶのは協調」として、2019年に共同出資でF-LINEという物流会社を立ち上げました。ほかにも北海道では、大手ビール会社が協力し、JR貨物に混載して商品を運んでいるんですよ。

「商品や注文数は競争だけれど、運ぶのはみんな一緒でいいじゃないか」という時代がきたら、物流は変わってきますよね。これ、究極のMaaSですよ。Win-Winなんですよね。

酒井 企業が垣根を越えて協調するには、どんな工夫が必要でしょうか。

日本のDX最前線『ルポ 日本のDX最前線』酒井真弓(集英社インターナショナル)

西成 協調によってメリットが生まれるビジネスモデルを考えることです。例えば、観光客が成田空港に着き、移動して、赤坂のホテルに泊まるとします。スマートフォンで最適なルートが提示され、公共交通機関やタクシーの予約、支払いまで一度に行えるようにするには、航空会社、公共交通機関、タクシー会社、ホテル会社などざっと見積もってもそれくらいの会社で利益を配分しないといけません。みんなが参加して利益を生み続ける仕組みをつくらないと、「国の補助金でMaaS始めました、補助金なくなりました、さようなら」となってしまいます。

 また、学会も変わらないといけません。今の学会は分野ごとの縦割りです。歴史ある学問にも新しい流れを動的に取り入れていかないと、社会に必要な人材は輩出できません。我々はこれから日本をどんな国にしていきたいのか――そんな議論あってのMaaSだと思います。


 アリの社会性に着目し、渋滞解消や自動運転技術の進展にまで寄与させた西成教授の話は、ユニークかつ示唆に富んだものだった。しのぎを削る者同士が「競争ばかりではなく協調もする」ことで、より速く、大きな課題に挑める。一歩を早急に。未来は待ってくれない。