物語を、積極的に外部に出していく
――企業からは「SFプロトタイピングには興味があるけど、できたSF小説の使い方が分からない」との声をしばしば聞きます。
物語の種類によって使い分ければいいと思います。例えば「未来にこんなショッキングなことが起きるかも」という物語は、イノベーションプロジェクトとして社外に出すといい。多くの人の気付きにつながりますから。逆に明るい未来の物語は「こんな可能性に向かって頑張ろうぜ!」と集団をまとめるのに使えるので、経営レベルの長期ビジョンを語るためにまずは社内で使うといいと思います。もちろん、社外にも伝えていくことは重要ですが、まずは社内やパートナー企業を含めた組織の一体性を生みだすことに活用すべきでしょう。
――逆に、社内で使うだけなら暗いシナリオも許容するけれど、外部向けには明るい未来像を示したいという企業が多いんですが。
ネガティブな物語を組織として出したくないという気持ちは分かりますが、企業の人格として語らなければいいだけです。社長が語るのではなく、デザイン部門やイノベーション部門、R&D部門などが問いを提起するプロジェクトとして出せばいい。難しいのはむしろ社内で使う方ですね。ビジョンにする以上、その受け皿となる実行組織を用意しないといけない。実現する気のない明るいビジョンだけ見せるというのは最低の振る舞いですから。
――実行組織とは、ビジョンを経営計画に組み込む経営企画部門のようなイメージですか。
違います。新しいものを生むためのOSを持ち、前例のないビジネスを作りだす新規事業部門のような組織です。ソニーの新規事業創出プログラムはまさにそれだし、DX(デジタルトランスフォーメーション)の文脈ならデジタル推進部門の場合もある。名前はどうあれ、新旧をブリッジする戦略部門ですね。デザインやR&Dの部門が未来像を生み出す場所だとすれば、事業部門や経営企画部門はビジネスに着地させる場所。この両者をつなぐのが新規事業部門です。デザイン・研究開発部門→新規事業部門→事業・経営企画部門と、経営に近づくにつれてフィクション性が希薄になっていく。
――ドラえもんがビジネスになり、妄想が現実になっていく。
そうです。ただし、フィクションを社内だけで現実に着地させるのは、実際のところかなり難しい。社内のマジョリティーの意識は、世の中が変わらないと変わりませんから。だとすれば、社内の2割ぐらいが共感してくれた段階で、いったん外に出すのが合理的です。そして、社外の変化に引きずられて社内が変わるのを待つのです。