「ど真ん中」のストーリーを語り直す
――佐宗さんは以前から、未来創造のためには歴史を知ることが重要だとおっしゃっていますね。
目的によるんですよ。未来像にも幅があって、端っこのとがった部分はイノベーション創出に役立ちますが、それだけでは組織は動かない。全社的なビジョンにするには、過去も踏まえた「ど真ん中」のストーリーを語り直す必要がある。これって政治的な活動も同じで、どんなに正しい主張でも、現実と懸け離れた極論では社会は動かないし、極論を忌避するマジョリティーを切り捨てることになり、かえって分断を招いてしまいます。
例えば、イノベーションが目的なら、「ドラえもんの秘密道具を作るとしたら、何を作りたい?」みたいなことを個人に向けて問う。組織の論理を忘れて、発想を未来に「えいっ」と飛ばしてもらうためです。一方、企業のビジョン作りが目的なら、過去からの文脈を踏まえて役割をリフレーミングする方法を考える。どちらもストーリーの力を使うのですが、前者は主に個人のナラティブを重視し、後者は主に集団のナラティブを重視します。
ただし、後者においても個人のナラティブは重要です。個人のとがった思いを全体の文脈にマイルドに落とし込めたとき、初めて全体が動くのです。「とっぴな未来」と「過去のDNA」をうまくつなげることができたとき、普遍が生まれる、といってもいいかもしれません。
――逆にいうと、個人のとがったナラティブを欠いたまま、集団のナラティブだけを追求しても力を持たないということですか。
その通りです。未来の変化を生むのは個人のとがったナラティブからであり、そこに新たなイノベーションが生まれます。しかし、組織全体をこえていくのは集団のナラティブです。長期ビジョンを考える際には、すでに社内に萌芽する会社の新たなモデルにつながる事業の芽をいかに拾うかが大事だと思います。一見、本流の事業とは関係ないけど、ビジネスモデルの構造変化を考えれば、実は必然だった、というものが変化を生み出す原動力になるのです。
――『SF思考』でも強調したことですが、やはり個人のワクワク感からすべてが始まるんですよね。それをどう普遍化していくか。
「ドラえもんの秘密道具を考える」のは個人のワクワクですが、「実はこの秘密道具がいろんな人の役に立つ」となれば、社会に接続されていく。そんなふうに、個人の創造性という資源を組織や社会でうまく使うことが大事です。今は「環境破壊が進んで世界は腐海になってしまう」みたいな悲観的なナラティブが優勢な時代ですが、多様な個人が「自分は楽しい」と表明し、その先に「より良い未来」が見えてくれば、社会は変わっていくと思います。