「アフガニスタン戦争」とは何だったのか? 米国をはじめ国際社会はアフガニスタンに何をもたらし、これからアフガニスタンはどうなっていくのか? そして日本は今後、アフガニスタンとどのような関係を築けばよいのだろうか? 国際政治学者の三浦瑠麗氏、東京大学先端科学技術研究センター教授の池内恵氏、ジャーナリストの田原総一朗氏が徹底討論。全3回の1回目である今回のテーマは「なぜ米軍はアフガニスタンから撤退したのか?」。アフガニスタン問題を振り返りながら米軍撤退の真相に迫る。(構成/ダイヤモンド社 編集委員 長谷川幸光)
2021年8月15日、「タリバンによりカブール陥落」のニュースが世界中を駆け巡った。2001年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロ事件をきっかけに米国はアフガニスタン戦争を開始し、アフガニスタンのタリバン政権は崩壊したが、20年を経て再びタリバンが権力の座に返り咲いたのである。米軍が撤退を進める中、国外に脱出しようと数千人の市民がカブール空港へ殺到。離陸する飛行機にしがみつくなど空港は大混乱に陥った。8月31日に駐留米軍の最後の軍用機が脱出し、ついに「米国史上最長の戦争」の幕が下りたのである。
「とにかく米兵に危害を加えないでくれ」
なぜ米軍はアフガニスタンから撤退したのか?
ジャーナリスト。1960年に早稲田大学卒業後、岩波映画製作所に入社。1964年、東京12チャンネル(現・テレビ東京)に開局とともに入社。1977年にフリーに。テレビ朝日系「朝まで生テレビ!」などでテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。1998年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ「城戸又一賞」受賞。早稲田大学特命教授を歴任(2017年3月まで)、現在は「大隈塾」塾頭を務める。「朝まで生テレビ!」「激論!クロスファイア」の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数。近著に『新L型経済 コロナ後の日本を立て直す』(冨山和彦氏との共著、KADOKAWA)。Photo by Teppei Hori
三浦瑠麗(以下、三浦) 田原さんは、米軍のアフガニスタン撤退についてどのように思っていますか?
田原総一朗(以下、田原) 米軍の撤退に関して世界中が反対していたが、ほかにどのような方法があったのかと。アフガニスタンへ行きもしないで批判だけしているのは、どうなのか。アフガニスタンにアメリカは200兆円以上費やし、2500人以上の米兵が亡くなった。トランプ政権の時からアメリカの世論は「アフガニスタンから撤退すべきだ」だった。となると、撤退以外にはもはや方法はなかったのではないだろうか。
三浦 池内さんはどのように捉えていらっしゃいますか?
池内恵(以下、池内) いつかは撤退しないといけなかった。それが今になったということだと思います。
2001年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロ事件(以下、911テロ)の首謀者であるオサマ・ビン・ラディンを殺害したと発表してからの10年、アメリカは「米軍に被害を出さずにどうやって撤退するか?」ということだけをひたすら考えてきました。軍というのは撤退が一番、大変なんです。10年かけて、本当に最低限の目的に絞ったわけです。そして実際にそれは達成された。米軍そのものへの被害はほとんどなく撤退できたんですから。
アメリカとタリバンが和平合意に署名した2020年2月の段階で、アメリカが支援していたガニー政権はもう持たないだろうと、アメリカ側はおそらく考えていたんですね。ただ、ガニー政権を引き延ばす必要があった。引き延ばして何をしようとしたかというと、ガニー政権を主とし、タリバンを従として何らかの形で包摂(ほうせつ)した、「国民和解」政権をつくろうとしていたんです。
東京大学先端科学技術研究センター教授。東京大学文学部イスラム学科卒業。東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員、国際日本文化研究センター准教授を経て、2008年10月より東京大学先端科学技術研究センター准教授、2018年10月より現職。著書に『イスラーム国の衝撃』(文藝春秋)、『現代アラブの社会思想』(講談社)、『イスラーム世界の論じ方』(中央公論新社)、『シーア派とスンニ派』(新潮社)など。Photo by Teppei Hori
アメリカはそのために仲介者になってくれる国を必要としていて、これにカタールが名乗りを挙げた。カタールの仲介で、現政権の下にタリバンが平和的に加わる合意を作る。それを見届けてからアメリカは去る。これをその時点での「最良の結末」としていました。
目標を達成するため、アメリカは1年半、ねばりました。2020年2月のタリバンとの和平合意から2021年8月まで。でも結局、国民和解政権をつくることができなかった。これに関してはインテリジェンスの失敗といわれていますが、「何とかなる」と、もともと目標が希望的観測だったのでしょう。
同時に、アメリカは軍を早く撤退させたい。アメリカとタリバンの停戦協定の実態は、端的に言うと、「撤退していく米兵にタリバンは危害を加えない」というもの。アメリカとしてはほとんど降伏条件に近い内容です。アメリカは撤退することを約束する。だからタリバンは米兵に危害を加えないことを約束してくれと。
事実、それは守られました。IS系のテロ以外では、米兵の命を失うことなく撤退を完了したわけですから。アメリカとタリバンの合意は強かった。双方の信頼というか、双方の利害が非常に一致した停戦協定だったと思います。
…イスラム系過激派組織。メディアでは「イスラム国」と呼ばれることも。アフガニスタンでもっとも暴力的なイスラム聖戦主義者と言われている。構成員の大多数はタリバンと同じイスラム教スンニ派だが、タリバンとは対立関係にある。2021年8月26日にカブール空港付近で発生し、多数の米兵らが死傷した自爆テロは、IS系の組織「IS-K」(イスラム国ホラサン州)が犯行声明を出した。画像は、IS系の組織「ISIL」が2015年11月13日にフランスのパリ周辺で起こした「パリ同時多発テロ事件」を追悼する人々。Photo:NurPhoto/gettyimages
田原 でも、米軍撤退後、アメリカでバイデン政権の支持率が落ちていますよね。アメリカの世論が「撤退しろ」というから撤退したら、世論は、今度は「撤退は失敗だ」と言うわけでしょ。
三浦 世論というのはすぐ忘れますからね。アメリカ国民はアフガニスタンのことなんて、究極どうでもいいと思っているのではないでしょうか。そう思っていたからこそ当初は撤退に賛成していた。でも、いざ撤退すると、今度は「大惨事を招いた」と非難する。しかし、これはいわば敗戦に近い撤退ですし、こうなるのは当たり前です。