近代国家形成後にアメリカに占領された日本と
形成しないまま占領されたアフガニスタン

池内 中国は、近代の西洋諸国が言わないような、ものすごく大胆、あるいは野蛮なことを言っているんですね。つまり、イスラム教は邪教だと。彼らは間違った神を信じていて、その神から啓示が下ったと思い込んでいる、その考えを直してあげないといけない、本気でこう思っているんです。

「宗教間対話をしましょう、中国のイスラム教徒を平和的に統治していきましょう」といった対外的な建前論を言っている、中国の官僚などのしかるべき人と話していてもそうなんです。彼らはいわゆるリベラルなポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ)というのがまったくないんですね。近代社会の中でイスラム世界に対してそういうことを言っている国は、中国だけです。

田原 チベットは仏教ということもあり、チベットに対しては中国は割とうまく抑え込んでいるように見えます。

取材風景02Photo by Teppei Hori

三浦 チベットもかなり苦労しているはずです。チベットの人たちは、自分たちの宗教的価値観や伝統的な風習をかたくなに守っていて、それは池内さんがおっしゃったように、中国の共産党の幹部やエリートからすると、自分たちより「劣っている」んですよね。

池内 中国がチベットに対して行っているのは、ひとつは政治的な指導者の排除。特に、宗教と結びついた政治指導者を排除することです。ただ、それをやってもそれほど効果が出なかった。代わりに、教育を施して産業を発展させるという、中国型の統治を行っています。何世代にわたって行えば効果が出るのか、それはまだわかりませんが。

三浦 中国共産党の主張は、自分たちが介入して初めてチベットは人権の概念が導入され、男女が平等になったというもの。共産主義のなかにある重要な考えかたとして、男も女も労働する人間が偉いんだ、皆働くべきだ、という考えがありますよね。それは一面の真実でもありますが、さすがにそれでは正当化できないような弾圧が加えられたことも事実です。

 中国は、チベットやウイグルのように「女性の地位が男性よりも低い」と見なされがちな社会に、自分たちの制度を移植してやるんだ、そういう考えなのだと思います。西洋が東南アジアに植民地を建設し、西洋の制度を移植したみたいに。1世紀前なら、世界のさまざまなところで行われていましたが、中国は1世紀遅く、それをやってしまっている。それはどう考えてもまずいでしょう。

 ただ、1世紀前の状況を考えてみると、たとえばインドネシアにはオランダが入ってきて、先住民を差別し虐待する一方で、子どもたちに普通教育を導入した。カナダでも、先住民の子どもたちを無理やり施設に入れて同化教育した際に、虐待や性的暴行を繰り返し、多くの子どもたちを死なせた。施設の跡地からたくさんの遺体が見つかったというニュースがこの前、ありましたね。世界中で話題になった。そうした虐待行為は数十年前から行われなくなったと言っていますが、カナダ政府からその行為が誤りであったと正式に謝罪が行われたのは、ごく最近のことなんですよね。そして、中国はいまだにその時代のやりかたを臆面もなく採用している。

カナダの同化政策カナダの同化政策
…カナダでは1883年から1998年まで(諸説あり)、先住民を対象とした130校以上の寄宿学校を運営。同化政策の一環として先住民の子を親から引き離し、寄宿学校で共同生活を強いていた。先住民は母語による会話や民族的な文化活動を禁止され、教員から不当な扱いや虐待を受けていたとされる(カナダ政府は2008年、同化政策について正式に先住民に謝罪)。2021年5月27日、ブリティッシュコロンビア州カムループス近郊の先住民寄宿学校の跡地から、3歳児を含む未成年215人の遺体を埋めた墓地が発見され、カナダが実施していた同化政策に世界中から非難が集中した。この学校は1890年~1969年まで政府の委託でキリスト教カトリック教会が運営し、1950年代には最大500人もの生徒が入学していたという。その後は中央政府が運営するようになり、1978年に閉鎖されている。Photo:Anadolu Agency/gettyimages

 私は今の世界における先進的なポリティカル・コレクトネスを携えて他人の国に出かけていって、国を一から作り変えるなんて、土台無理な話だと思います。今のインドネシアはさまざまな歴史的経緯の産物ですが、重要なのは、西洋もまた植民地で敗退したということ。その国の国民が選び取らない選択肢を押し付けるのは難しいのです。

 今あらためて思うのは、アメリカがはじめた戦争の罪深さです。2001年の911テロ後にアフガニスタンのカブールで生まれた子は、今はもう20歳です。その子たちは西洋化したカブールしか知らないわけですよね。それがある日いきなりブルカやニカブをかぶせられ、好きな職業をめざすことも叶わなければ、映画館へ行くことも禁じられる。

池内 ウイグルやアフガニスタンというのは、これまでほとんど近代国家が確立されていなかった。そこに中国やアメリカといった占領者がやってきました。

 日本は近代国家を作った上で戦争をして、負けて占領されたわけですが、ウイグルやアフガニスタンは、イスラム教徒による近代化政策というのはほとんどやってこなかった、あるいはやってもそれほどうまくいっていなかった。そして、近代国家を十分に形成しないまま占領された。

 占領者から見ると、あまりに近代化が進んでいないので「何とかしてやらないと」という気分になるわけですよ。行政能力も思想面も近代化させて、国家を作ってあげようと。でも当然、現地の人は皆が皆、それを望んでいるわけではありません。

三浦 どの国の人でも、自分の国によそ者が入ってきて、自分が選ばない政治体制を押し付けられ続けるというのは、それは受け入れられませんよね。

田原 では、アフガニスタンやイラクに対し、アメリカはどうすればよかったのだろうか?

【第2回へ続く】