44歳で伊藤忠商事に入社した、元大本営参謀の瀬島龍三氏44歳で伊藤忠商事に入社した、元大本営参謀の瀬島龍三氏 Photo:JIJI

作家の吉村昭が書き残した
戦後の庶民が感じた戦争とは

「職業軍人でシベリア帰りの瀬島龍三に対しては、世の中や伊藤忠社内からの冷たい目があった」とされている。

 しかし、本当に冷たい視線はあったのか。

 わたしは、世の中の大半が旧軍人に反感を抱いていたというのは事実とはちょっと異なると思っている。敗戦時の日本の人口は7215万人で、うち800万人は軍隊にいた。若い男性のほぼ全員は軍隊勤務だったと思っていい。

 当時の日本人であれば親、兄弟、親戚、知人のうち誰かひとりもしくは複数は軍隊にいたのだから、軍人、兵隊に反感を抱くことは、身内や知人を憎むことになる。

 庶民の一般的な感情は「戦争のことは早く忘れたい」であり、帰還した軍人は「生きて帰れて良かった」というものではないか。軍人だから、兵隊だからと反感を持っていた人の方が「国民の一部」だったろう。

 徹底した史実調査で知られる作家の吉村昭は、戦後の庶民が感じたかつての戦争について、こう書き残している。

「過ぎ去った戦争について、多くの著名な人々が、口々に公けの場で述べている。『戦争は、軍部がひき起した』『大衆は軍部にひきずられて戦争にかり立てられたのだ』等々……。それらも、おそらく本心からの声なのだろうが、私のこの眼でみた戦争は、全く種類の異ったものにみえた。正直に言って、私は、それらの著名人の発言を、かれら自身の保身のための卑劣な言葉と感じた。

 嘘ついてやがら―私は、戦後最近に至るまで胸の中でひそかにそんな言葉を吐き捨てるようにつぶやきつづけてきたのだ」