ツッコミは「大阪ヒエラルキー」の最下層

田中:子どもの頃に学校から帰ってきてテレビをつけると、いつも吉本新喜劇とか漫才をやっていました。ローカル局なんて大阪の演芸をずっとやってます。わたしはそれを観て育ってるので、「なんでやねん!」とツッコむのはテレビや舞台で観る「プロの仕事」であり、「舞台演芸場の役割」だとわかってるんです。

それを素人がやるのは、野球を観に行って球場に降りて一緒にプレーするようなものです。「おまえは野球選手か」という話なんです。

──というか、球場に降りたら捕まりますよね。

田中:そうです。大罪です。大阪においては、日常生活でツッコミをする人はグループの中で一番ヒエラルキーが低くなります。誰かがボケたら、ツッコむのではなく、ボケを重ねていくのです。たとえばわたしが『嫌われる勇気』の話を始めたら、イイダさんは「ところで『ファクトフルネス』を書いたときはどうだったんですか?」と返す。

──『メモの魔力』の時はどうでしたか?

田中:あの本も反響は大きかったですけれども、『人は話し方が9割』が結果としては一番売れましたね。

とかやってるうちに話がとんでもないところへ行って「そもそもの質問、なんやった?」となったところでみんなでビールを飲むわけです。ツッコんで話を終わらせる人は、みんなで長縄飛びをしているときに、自分から入って行けない人が「こんなところで長縄するのは迷惑だぞ!」と吠えているイメージです。

──それは切ないです。ただ、「ツッコミはプロがやるもの」というお話はすごくよくわかるんですけど、とはいえボケにボケを重ねるってなかなかできないじゃないですか。思い付かないというか、慣れないというか。できないときは、どうしたらいいんですか?

田中:何も言わなくたっていいんですよ。『会って、話すこと』にも書きましたが、ボケが思いつかない人は、笑っていたらいいんです。ところが、長縄を跳べないのに入りたがる。入りたがるどころか「みんなより優位に立ちたい」という気持ちが強いから、ぶち壊しにかかる人がいる。黙って笑っていることができないんですね。

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──どうして、黙っていることができないんでしょう?

田中:やっぱり、どこかで「負けてる」と思っちゃうんじゃないでしょうか。