お金持ちにも現金を給付するのはおかしいという議論は、その部分だけを見ると正しいように思える。しかし再分配の効果は、「給付」と「負担」の「差額」で見るべきだ。

 手続きを考えると、給付を一定にして迅速に行い、負担面である税制を変化させて「差額」をコントロールする方が圧倒的に効率的だし、それで問題はない。両方を調整するのは制度が複雑になるし、時間とお金の両面で非効率的だ。

 国民の所得や資産に関する把握が完璧で、合理的なルール作りと合意形成が可能なら、国民一人一人の経済事情に応じて給付を調整しつつ、迅速で公平な給付が可能かもしれない。しかし、今年になってデジタル庁を作るくらい行政手続きが後進的なわが国にあって、個々人の事情に合わせた公平かつ効率的な給付を行うことは全く現実的ではない。

 他方、給付を一定で迅速に行い、適切に税金を取るなら、「差額」で見る再分配は問題なくコントロールできる。税負担のあり方を変化させて再配分の効果を操作すればいい。

 現金を追加的に配っているのだから、国民全体には間違いなく追加的な税負担能力がある。「財源はあるのか?」という問いに対しては、国民に追加的な現金を配るのだから、「財源は必ずある」と答えて良い。

 所得ないし資産(筆者は後者に重点を置くことがいいと思うが)の面で富裕な国民に追加的な負担を求めたらいい。負担が増えた国民と、差額で使えるお金が増えた国民とがいて「再分配」が実現する。

 ただし、「来年度給付するから、その財源分を来年度増税する」という議論に乗ることは、マクロ経済政策として不適切だ。インフレ目標が未達である日本経済にあっては、赤字国債を発行して、これを日本銀行が買い入れる(直接でも、民間銀行経由でも効果は同じだ)形で金融緩和政策を財政政策で後押しするべきだ。

 長期的な財源の問題と、財源調達のタイミングの問題は、区別して考えるべきだ。

 ともかく、何らかの給付政策を考える際に「所得制限が必要だ」という議論には、そろそろ終止符を打つべきだ。前述のように自民党は今回の「10万円相当給付」においても所得制限を主張しているようだが、それを導入するのは非効率的で、頭が悪すぎる。