壮大なスケールで人類の未来を描くSF大作『DUNE』の原作者、フランク・ハーバート。エコロジーが未来社会の重要課題になることを的確に予見した大作家だが、その型破り過ぎる発想故に、作品にはさまざまな「失敗」が付きものだった――。『SF思考 ビジネスと自分の未来を考えるスキル』の編著者・宮本道人氏が、ビジネスに大きな影響を与えたSF作家とその作品を紹介していく本シリーズ。第4回となる本稿では、イノベーティブな発想が宿命的に背負う失敗の影と、それを超えて広がる未来への影響について考察する。(構成/フリーライター 小林直美、ダイヤモンド社 音なぎ省一郎)

「偉大な失敗」が歴史に残る名作映画を生み出す――フランク・ハーバート「DUNE/デューン 砂の惑星」(2021) Photo:Everett Collection/アフロ

エコロジーSFの原点『デューン 砂の惑星』

 ESG(環境、社会、ガバナンス)が、ビジネスにおける最重要項目の一つになっている。社会貢献などを目的とするESG投資は世界で35.3兆ドル(約3900兆円)に上り、日本でもわずか2年で34%も増加した。SDGsもすっかり社会に定着した感がある。こうした動きと連動し、SFにおいてもエコロジーは大きなテーマとなっているが、そのムーブメントの原点ともいえる作品が、フランク・ハーバートの長編SF『デューン 砂の惑星』である。

 2021年10月、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督による映画『DUNE』が日本でも公開されたため、その圧倒的な映像美をスクリーンで堪能した方も多いだろう。舞台は、人類が宇宙帝国を築き上げた数千年後の未来の惑星・アラキス。気候変動による灼熱の環境、生態系の危機、資源の枯渇、リサイクル……と、作中にちりばめられたテーマは実に現代的だが、原作の刊行は半世紀以上前の1965年というから驚く。「エコロジーSF」の先駆として、『風の谷のナウシカ』にも影響を与えたともいわれる作品だ。

 邦訳は現在、上中下の3巻組(ハヤカワ文庫SF)で刊行されているが、下巻の巻末には物語と独立した「デューンの生態学」「デューンの宗教」「ベネ・ゲセリットの動機と目的に関する報告書」といった、ノンフィクションに擬態した作品世界の解説が付いている。ベネ・ゲセリット、クウィサッツ・ハデラック、サーダカー……といった独自の用語も細かく説明されていて、これを読むだけでも面白い。というか、入念に構築されたこうしたバックグラウンド――『SF思考』でいうところの「斜め上の世界」――の精緻さが作品の面白さを支えているといえる。

 本作は、ジェフ・ベゾスが幼少期に愛読したり、イーロン・マスクが頻繁に引用しているなど著名人のファンが多い。「Web 2.0」という言葉の生みの親の一人、ティム・オライリーも「自分を形作った本」とまで述べており、彼が81年に出版した初めての著作はズバリ『FRANK HERBERT』というタイトルで、内容はハーバートの論評である。

 生態学、歴史学、哲学、心理学、宗教学などの膨大な知を下敷きに、架空の設定を積み重ね、誰も見たことがない壮大な世界を創造していく――。その執筆過程で、ハーバート自身の現実認識も大いに研ぎ澄まされたのだろう。化石燃料から再生可能エネルギーへの転換をいち早く訴え、自ら風力やバイオマスを駆使した自給自足生活を実践している。この物語を熱心に読んでいたジェフ・ベゾスやイーロン・マスクのような大起業家が、今、ビジネスのビジョンに地球規模の課題を当たり前のように接続しているのは非常に示唆的だ。