李英俊さんと石井遼介さんの対談シリーズ第3回。認知科学をベースにした『チームが自然に生まれ変わる』の主張と、行動分析学をベースにした『心理的安全性のつくりかた』の主張は相反するものなのか? 2つの考え方に対する意見を交わしてもらった(構成/野口孝行)。
「認知」と「行動」
リーダーの2つのアプローチ
石井遼介(以下、石井) 李さん・堀田さんの『チームが自然に生まれ変わる』と私の『心理的安全性のつくりかた』のアプローチを少し整理すると、お二方の本は認知科学、私の本は行動科学(行動分析学)に基づいたものと言えます。学問的には考え方としてやや対立している部分もあるのですが、私はどちらかを否定するのではなく、両方学んでおいたほうがいいと思っています。
李英俊(以下、李) 本当にそう思いますね。リーダーの立場にある人は、どちらもしっかり勉強しておいたほうがいい。光の当て方が違うだけで、目指している頂上は同じだから。
石井 認知科学は、人の中に情報が入ってきて、その情報を心の中で処理するというモデルですよね。その情報処理の仕方を認知と呼び、その認知を書き換えようとする。一方で、行動分析学は「心の中のことはわからないので、いったん脇に置きましょう」と考える。けれども、行動の前後「きっかけ・みかえり」にアプローチすることで、十分に行動の変容は起こせるという考え方を採用します。
行動分析学の重要なフレームワークに、「きっかけ→行動→みかえり」があります。人は「きっかけ」によって「行動」を起こし、行動のあとの「みかえり」が再び行動に影響を与えるという考え方です。
たとえば、ミスが発覚したという「きっかけ」があったとき、我々は「上司に報告する」という行動をとります。報告するという行動をとった直後に、今回は「アンハッピーなみかえり」たとえば厳しく叱責されたとしたら、どうでしょうか。アンハッピーなみかえり、要は罰があると、次回も同じようなきっかけ(状況)で、同じような行動をとる可能性が減るというのが行動分析の考え方です。
これを組織内のリーダーがよく悩む状況に当てはめてみましょう。なぜうちの若手社員には「やる気がない」のか? こんな悩みを持ったとき、行動分析では「やる気」という心の中のことは一旦脇に置いておいて、行動そのものにフォーカスをします。つまり、この会社、この組織でいろいろな行動を起こしてみたにもかかわらず、否定や罰しか返ってこなかったため。そのせいで、彼らによる自発的な行動が減ったと捉えるのです。そして「やる気を注入する方法」をあれこれ考えるのではなく、どのような「きっかけ」や、どのような「ハッピーなみかえり」があると、そのメンバーの行動が増えるだろうか?と考えるのです。
みんなに喜んでガラスを
こすってもらう方法
李 喫煙のメカニズムにも同じことが言えますよね。タバコを吸いたいという欲求がきっかけとなって、喫煙という行動を起こすわけでしょう? すると、リラックスできるというみかえりがある。だからやめられないわけです。
行動科学を用いて禁煙を成功させたいと思ったら、タバコを吸いたいというきっかけを否定するのではなく、吸いたいと思った瞬間、喫煙以外のみかえりを用意すること。そうすれば、喫煙という行動を減らしていけます。
一方、「タバコを吸いたい」という意識の“バグ”自体、つまり認知を書き換えることで禁煙を成功させるというのが認知科学のアプローチです。つまり、どっちの学説を採用しても機能するんですよね。石井さんが多くの組織リーダーを見てきた中で感じた「認知のバグ」は何かありますか?
石井 そうですね。「あんまり褒めると、調子に乗るから困る」という「認知のバグ」を持っているリーダー・管理職の方が結構いらっしゃると感じます。私は逆にそういったリーダー・管理職の方には「部下をきちんと調子に乗らせることができていますか?」と聴くようにしています。
みなさん「まだまだ大してできもしないのに、調子に乗って慢心したら困る……」と考えがちなんですが、たくさん良いところを見つけて、褒めてハッピーになってもらって、いろいろアクションを起こしてくれたほうがよくないですか? 行動分析学の文脈で考えても、リーダーの仕事って「調子に乗ってもらう」あるいは「その気になってもらう」──ここがいちばん大事なはずなんですよ。
極端な例ですが、「我が家の窓ガラスをこすらせてあげるから、お金を払ってちょうだい」って言われても、誰もそんなことはやりたがらないでしょう。なぜなら、他人の家の窓ガラスをこすったって、別にハッピーになれないからです。お金を貰えるならともかく、お金を払ってまでやりたい人は、まずいないでしょう。
でも現実には、スマホゲームにかなりの金額を払って、スマホのガラス画面を、指で何時間もこすり続けている人が多くいます。適切なタイミングで音や動きやレベルアップ、そしてストーリーの進行など「ハッピーなみかえり」があるから、本来お金を払ってまでやりたくないはずの「ガラスをこする」作業を、楽しみながら続けることができるんです。上手な「きっかけ・みかえり」の設計によって、「ガラスをこする」という行動が生まれているわけです。