チームが自然に生まれ変わる』と『心理的安全性のつくりかた』それぞれの著者である李英俊さんと石井遼介さんによる対談シリーズも、いよいよ最終回となる。今回のテーマは「日本人のリーダーシップ」。日本企業のリーダーのあり方は、世界的な変化に乗り遅れていないだろうか? わが国のリーダーシップの現状について、お二人の考えを語ってもらった(構成/野口孝行)。

なぜ、まず優秀な人材から辞めていくのか?「優良企業」を去る人たちのホンネ左から李英俊さん、石井遼介さん

優秀な人材は必ずしも
「昇進」を欲していない!?

李英俊(以下、李) 新型コロナが流行し始めてから、社会の様相がすっかり変わりましたね。まず人材の流動性が絶対的に上がった。これは世界的な流れでもあるけど、優秀であればあるほど、どんどん転職していくようになった。コロナ禍のさなか、エース級の人材が去っていったという話はよく耳にしますね。

 だけど、日本の場合、組織のほうが全然変わっていない……。優秀な人に辞めてほしくないからといって、「役員にしてあげるから、もう少しうちで頑張ってよ」とか言ったりする。昇進をちらつかせて、「うちの会社で40代で役員になれるなんて、革命的だぞ!」なんてアピールされるケースもあるみたいです。もう、この感覚が「ズレている」としか言えない。

 優秀な人材にとって、昇進なんていうのは、もはやゴールでも報酬でもないんですよ。「この会社ではもうやることがない」っていうのが転職の本当の理由なのに、組織の側がそれを全然わかってないんですよね。

石井遼介(以下、石井) 新しいことへのチャレンジを後押しすべきところを、「昇進による安定」という“エサ”で釣ろうというのは完全にズレていますよね。

 特定の部署に縛りつけずに複数のプロジェクトを担当させたりとか、本業・副業を区別しないような働き方を会社がサポートしてあげれば、優秀な人たちは会社のために力を発揮するのに、過去の常識に縛られている。

シリコンバレーに相手にされない日本企業

 一定の市場シェアを握っていて、業績が安定している大企業であっても、そこで働いている社員のエンゲージメントが、高いのか低いのかよくわからないというケースは多いですよね。そういう状態だと、いつでもチャレンジできる理想的な環境が整っているのに、だれもチャレンジしようとしない。これはしんどいなと思います。

石井 そうですね。そもそも心理的安全性がないところも多いし、感じたことや気づいたことについての発言や、トラブルの適切な報告などのコミュニケーションさえできていなかったりします。

 トラブルの報告をして、ひどく叱責される経験をすれば、人間誰しも、怒られたくはないものですから、部下は「次からはできるだけ悪い情報は上げないようにしよう」って考えますよね。こうしたコミュニケーションの欠落が、社長と役員の間ですら起こるとなれば、その企業はかなり危ないです。

 悪い情報の話もそうだけど、心理的安全性が不足していると、新しいビジネスのネタも言えなくなる。

 わざわざシリコンバレーに社員を2年ほど駐在させたのに、その社員がいざ帰国後に新たなビジネスアイデアを提案したら、「そんなの日本で実現できるわけがないだろ!」って怒られて終わるっていう話も聞いたことがあります。

 しかも、5年後にそのアイデアがアメリカで大当たりして、「せっかくアメリカに駐在員を置いているのに、どうしていち早く始めなかったんだ」って怒鳴られたりする。そうなるともうわけがわからない。

 今やシリコンバレーは日本企業をまったく相手にしないらしいです。何十社という企業が視察に来て、レクチャーをしたのに、投資が1件も決まらないって。「ウソなんでしょう、日本人。どうせ本気じゃないんでしょ」って思われているという。

石井 相手からすれば、お勉強だけをしに来たんなら、「研修費を払え」って話になってしまいますよね。

リーダーが「組織の壁」になっていないか

 こういう現実があるから、優秀な人材はビジネスの機会をいまいる会社でシェアしないようになる。いくら言っても絶対に動かないから、それを新事業として動かしてくれる企業を探して、そっちに転職してしまうんです。もったいないよね。

石井 とくに社長の存在が課題になっているケースが結構あります。社長から「うちでは難しいんじゃないか?」と同意を求められると、部下としては「そうですね」と言うしかない。任せられるところは、どんどん任せたほうがいいのに、細かいところまでついつい社長が口を出してしまう。

 身内の話になってしまうんですけど、私が勤めているZENTechの社長である島津清彦は、もともと大手不動産の役員をやっていたんです。そのときに、部下がふと「ウチの会社って、このままどんどんマンション建てていっていいんですかね?」という質問をしたらしくて。

 いい問いですね。

石井 マンションを建てるのが本業の柱のひとつなのに、「マンション建てていいのか?」なんてなかなか聞けないじゃないですか。ヘタすれば、「何を言ってるんだ!」と怒られかねない。でも、島津は「それ、どういうこと?」って耳を傾けた。普段からそういう根本を覆すようなことでも聴いていい人だ、と思われていたから言ってもらえたんでしょうね。そうしたら、「日本の人口がどんどん減ってるのに、このまま家族向けのマンションを建て続けるのは無理があると思う」という意見が出てきた。

 そう言われた瞬間、島津は部下の言葉にハッとしたそうです。もちろん、人口減少のニュースなどは知っていたはずですが。それで、いろいろと調べてみたら「女性の単身世帯は増えていく」というデータが出てきた。そこから、単身女性向けの高級賃貸マンションという新しいビジネスチャンスにたどりついたんです。今でこそ「あたりまえ」に存在する単身女性向け物件ですが、当時は「そんなの採算合わないだろう」「需要はないんじゃないか?」と言われるくらい異端なアイデアだったんですね。

 島津が、部下の話を頭ごなしに怒鳴っていたら、起きなかったイノベーションだと思いますし、プロジェクトへの否定派・反対派が出るような「前例の無い」プロジェクトでも、「これはやるべきだ」と ”Want to” を強く持てたことも成功の要因だと思います。実際に社内の女性社員に「そういう物件あったら住んでみたい?」「そういういいマンションあったら、幾らくらいだったら払える?」など、アイデアを確信に、真のWant toに変えるような行動もとっていたと聞きました。

 イノベーションを起こす上で、心理的安全性の高い組織風土づくりと、プロジェクトリーダーがまずは描き、チーム全員に共有される「真のWant to」は両輪で重要なものだと思います。

(対談おわり)

【これまでの対談】
第1回 「心理的安全性のある組織」と「ヌルい職場」はどう違う?
第2回 なぜ「右肩上がり」だけにこだわる職場では、働く人たちの目が死んでいくのか
第3回 リーダーの仕事は、部下を褒めて「乗せる」ことなのか?