越境は「しんどい」ものであるべきか
スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー日本版、共同発起人、INNO-Lab International 共同代表
慶應義塾大学卒業後、ジョージワシントン大学大学院に進学(パブリックマネジメント専攻)。アンダーセン・コンサルティング(現アクセンチュア)を経て、2001年、NPO法人ETIC.に参画。日本初の、ソーシャルベンチャー向けプランコンテスト「STYLE」を開催するなど、社会起業家の育成・輩出に取り組む。03年、社会起業むけ投資団体「ソーシャルベンチャー・パートナーズ(SVP)東京」を設立。09年に世界経済フォーラム「Young Global Leader」に選出。21年3月まで、慶應義塾大学大学院特別招聘教授。論文に、「コレクティブインパクト実践論」(ダイヤモンド・ハーバード・ ビジネスレビュー、2019年2月号)など。
井上:僕も越境には、それぞれいつも「しんどさ」がありました。その一方で、違う立場や多様性に気づくとか、日本人であることの強みにも気づくとか、なにか常にパラドックスがあるんです。越境して初めて「自分が普段、前提にしてしまっていること」を学ぶんですね。痛みもあるし、面倒くさいけれど、それがそのまま機会や学びでもある。
やっぱり人間って変化に対する免疫反応があって。『Immunity to Change』(邦題:『なぜ人と組織は変われないのか』)にもありますけど、基本、変化は嫌だったりする。コラボレーションだって、異なる背景の人と何かするのは、本来は不快なんですけど、それを超えてでも欲しい未来があるんですね。
原田:今の話を聞きながら思ったのは、正能さんが今いろんなところでお仕事をされてるのって、もはやこれは越境じゃないんだろう、ということ。これはもう日常で、ただその日常がめちゃめちゃ広いっていう。
正能:確かに日常なのかも。私はみなさんのお話を聞いて、「越境って、そんなしんどいんだっけ?」と考えていました。たとえば海が見たくて出かけたら県境を越えていたり、都内で美味しいパン屋さんを目指していたら区の境を越えていたりするじゃないですか。それくらいの気持ちなんです。
結果としての越境であって、腹をくくらなきゃいけない越境とか、しんどい越境は、私はしたくないんですよね。
小沼:一方で、しんどい越境では、乗り越えた時に成長を感じやすいかもしれません。たとえばPTAでも「面倒くさいかもしれないけど、絶対何か学びがあるはず」といった感覚が生まれたりして。ただ、このようなしんどい越境では最初の成功体験がすごく大事です。1回目で成功体験を積まないと、越境すること自体に抵抗感を持ってしまう可能性があるからです。
そして今日聞いている方々がもし「自分は正能さんと、小沼のどっちのタイプなんだろう?」とかわからなくても、1回やってみるのは大事です。どちらにしても、感覚的に越境が普通になっていくっていうことは、共通してるんじゃないかなって思います。
塩瀬:小沼さんタイプって、苦痛の先のcomfortableを狙っているのか、苦痛そのものを目指しているのか、どっちなんでしょうね。
井上:それ、大事なところですよね。この辺の「心地よい」とか「しんどいけど」みたいなのは、すごく興味があります。これって「変化への接続面」みたいなものがあるんじゃないかと思っているんですね。
よくトラウマ治療とかでは、「変化への反発面」が強い、つらくて難しいところから入らないほうがいいといわれています。それよりも、体の中をサーチしてちょっと小さな違和感を覚えるような日常のところから始めるんです。ソマティック・エクスペリエンスという分野でも「この辺がモヤモヤするな」というところにフォーカスを向けて、その周辺から入ったりして。すると、接続面が増えていくんです。
変化に対して、より受け入れやすいところから広げていくと、より大きなものを扱えるようになったりするんですよね。人間の免疫反応との付き合い方としてもスムーズです。それは逃げとかではなく、「まずは小さなところからやってみる」みたいな。
だから、正能さんの「心地いいポイントを探す」とか、クロスフィールズの「会社のバックアップがある中で実践経験を積む」とかを見ていると、僕たちは変化の新しい手法を覚えはじめているんだという気がします。
正能:私は、人間の欲求って三大欲求以外にはないんじゃないかなって思っています。だからハピキラを始めたときも「地域を元気にしたい」という気持ちが、ある日突然降ってきたわけではないんです。あくまでも自分が好きな人に会いに、自分の好きな場所に行っていたんですね。その結果として活動が続いていて。聞かれたら、もちろん「私は地域のことが好きで、こういう活動をしてます」と答えるけど、それは後出しじゃんけんみたいに言っているだけなんです。まずは「誰と一緒にいたいか」「何を食べたいか」とか、自然に湧いてくる気持ちに素直になることだと思います。
塩瀬:正能さんへチャットから質問です。「心地いいことは、いつの間にかしんどくなることはないのでしょうか? その対処法はありますか?」という。
正能:私はキャリアを「ビュッフェ・キャリア」と捉えています。ホテルのビュッフェみたいに、好きなものを・好きなだけ・好きなバランスで食べていくのが、幸せの基本だと思うんですよ。そこでポイントになるのは、今日も明日も明後日も、同じものを同じだけ食べたいと思わないかもしれないってことです。
もっと言うと、5年後10年後なんて、もうわからないんですよ。だからもし、それが心地よくなくなってしまったら「自分は考え方が変わったんだな」って思って、変えればいいだけだと思います。