自分のWILLを中心に越境する

越境人材への期待が高まる中で、「私」を中心に始める「これからの越境」塩瀬隆之(しおせ・たかゆき)
京都大学総合博物館 准教授
京都大学工学部精密工学科卒業。京都大学大学院工学研究科修了。機械学習による熟練技能伝承システムの研究で博士(工学)。ATR知能ロボティクス研究所併任ほか。経済産業省産業技術政策課 課長補佐(技術戦略)を経て2014年7月より京都大学総合博物館准教授に復職。NHK E テレ「カガクノミカタ」番組制作委員。経済産業省産業構造審議会イノベーション小委員会委員・若手WG座長、2025年大阪・関西万博政府日本館基本構想有識者ほか。平成29年度文部科学大臣表彰・科学技術賞(理解増進部門)ほか受賞多数。著書に『問いのデザイン』『インクルーシブデザイン』(ともに学芸出版社)ほか。

塩瀬:越境にチャレンジする人たちが「どう方向性を選ぼうか」というときに、原田さんや小沼さんが気にしていることって、どんなことですか?

原田:僕らの場合、前提として越境先は送り出す企業ではなくて、本人に選んでもらいます。そのためにまずは行き先を決める前の研修で「自分自身のWILLは何か」を10時間ぐらいかけて突き詰めるんですよ。というのも企業の中にいるとやっぱり、その企業のミッションやビジョンの圧力みたいなものがあって、それがさも自分のWILLであるかのように思い込んでしまうことが多いからです。でも実は、そんなわけはないんですね。

 だから思い込みのWILLは1回ひっぺがして、自分のWILLというものを用意してもらうんです。それから「自分が共感できるのはどんな経営者だろう?」とか「自分が関わりたいと思う事業ってどんなものだろう?」というようなことを深掘りしていきます。これって正能さんに比較的近いと思うんです。

 外に越境していくときって、実はその前段階で「自分が大切にするものは何なのか」を、じっくり見つめることが大切なんだと思いますね。

塩瀬:なるほど。チャット質問で「派遣元と派遣先とで価値観や言葉がずれているときに、どうしていますか?」というのがでてきましたが、もし共通言語がなかったらどのように進めていくのでしょうか?

原田:僕らはメンターがずっと伴走していて、第三者的にコミュニケーションもサポートしたりします。ただそうは言っても、移籍先の相手とは自分自身でちゃんと対話をしてもらいます。

 そして受け入れるベンチャー企業側も、仲間だと思って受け入れてくれるんですね。なので、本当に心からダメ出しをしたりとか、本当にぶつかって喧嘩をしたりとか。そんなことがちゃんと起こっていれば、逆にそこはわかりあえるのかなという気がします。

塩瀬:小沼さんにも聞いてみたいのですが、チャットで「社内越境はしているのですが、社外越境もしたほうがいいでしょうか?」というのがあります。小沼さんが「小さな越境」を増やしたほうがいいと思っている中で、改めて「大きな越境」の意義ってなんでしょう?

小沼:そうですね、まず前提として、自分がやりたいことの方向へ向かっていくのは僕も大賛成です。自分がワクワクする方向だとか、こうだと思っている方向に行かないっていうのは、もったいないと思いますし。自分がやりたいことをやっているべきです。なのでクロスフィールズでも、越境するときには必ず「本人が納得しているかどうか」を大事にしています。

 だから「社内でもっとやりたい」と思っているなら社内でやればいいし、「社外に出たい」なら社外がいいっていう。それが今の質問に対する答えかなと思います。

 じゃあなんで最近は「小さな越境」のほうを結構大事にしているのかというと、「小さい越境」って今いる場所との距離が近かったりして、接続のしやすさがあると思うんですよね。

 越境の価値は、行った後に、帰ってくるところにあると思います。全然違う越境先で刺激を受けたままで終わるよりも、越境元の周囲の人たちとどうやって刺激を共有できるかというのが大事なんです。そうすると「小さい越境」のほうが、成功体験になりやすいかもしれませんよね。

 だから「大きい越境」ばかりして社内と距離ができてしまっている人には、逆に「小さい越境」をしていく大事さもあるよ、と知ってもらいたいです。