身近な業務改善から始めた例

 そうかと思えば、身近な業務改善から始めたケースもある。ある小売企業のCIOは着任早々、従業員に新しいパソコンを配布した。「あいつが来たら、パソコンのスペックが上がって仕事がはかどるようになった、あいつはエエやつや」と言ってもらえたと振り返る。「これってDXなの?」と思われるかもしれないが、成果の出やすいところから着手するというのは、DXのアプローチとして一つの成功パターンといえる。最初に社内の信頼を獲得したことで、後に走らせたさまざまなプロジェクトにおいて従業員の理解を得やすくなったという。

 一方、エンジニアリングに定評のあるベンチャー企業では、「システム上はクラウドファーストだが、クラウドネイティブではない」と自己評価するエンジニアがいた。システムを全てクラウド上に載せてはいるけれど、クラウドの俊敏性や柔軟性をビジネスに適用し、イノベーションを加速させるような企業文化・風土を作るまでには至っていないということだ。DXにおいて重要なのは、デジタル技術を活用することだけではなく、そのメリットを生かせる人や組織へと変革することにある。

経済産業省「DXレポート」は2年でどう変わったか

 このことは、2018年に経済産業省が発表した『DXレポート~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~』(通称、DXレポート)と、2020年に同省が発表した『DXレポート2(中間取りまとめ)』(通称、DXレポート2)での提言の変化からも読み取れる。

『DXレポート』は、既存のシステムが老朽化・複雑化・ブラックボックス化する中では、新しいデジタル技術を導入しても、データの活用・連携に制約が生じ、大きな成果は望めないと指摘した。これらの問題を解消しない限り、新規ビジネスの創出やビジネスモデルの変革は限定的なものになるとし、DXが進まなければ、2025年以降、最大で年間12兆円の経済損失が生じる可能性があると警鐘を鳴らした。

 その2年後、コロナ禍で発表された『DXレポート2』では、システムだけではなく、企業文化(固定観念)を変革する必要があると強調された。両レポートを執筆した経済産業省の和泉憲明さんは、2年の間で「DXにとって本当の足かせは、技術負債を是とする企業文化やマインドなのだと気づいた」と語っている。