「ビジネス×アート」をテーマとした書籍が急増するなか、圧倒的な注目を集めた本と言えば、『13歳からのアート思考』だろう。著者の末永幸歩さんは当時、無名の美術教師だったにもかかわらず、同書は刊行1年足らずで16万部超のベストセラーとなり、多くの読者から「読んでよかった!」「こんな授業が受けたかった!」という声が届いたという。
なぜ今、多くの人のうちに「アート」に対する渇望感が生まれているのだろうか?「アートの島」として有名な瀬戸内海の直島(香川県)での特別授業の模様を最近、「動画講座」としてリリースしたという末永さんに話を聞いた。対談相手は『13歳からのアート思考』担当編集のダイヤモンド社・藤田悠(構成:高関進)。

美術館で「これ知ってる!」しか感想が言えない人がやってしまいがちな「ものの見方」李禹煥美術館 写真:山本糾

「これは自分のための本だ!」
と感じる人が多い理由

担当編集・藤田悠(以下、藤田) 『13歳からのアート思考』が刊行されてから1年ちょっと経ちました。2020年2月に初版発行ですから、新型コロナの流行とほぼ歩みを同じくしてきたわけですが、現在16万部を超え、早くも1000件以上のAmazonレビューがついています。この本は読んだあとに、自分なりの感想や思いを発信したくなるような何かがあるんでしょうね。

 さらに、レビューが多いだけでなく、評価も平均★4.5と高めです。10万部以上売れたベストセラーはけっこうありますが、本書のようにレビューが多くて平均点も高い本は珍しいんですよ。このことに関して、末永さんはどう思われますか?

末永幸歩(以下、末永) 「なんだかたくさんレビューをいただいているな」ということは最初から思っていました。「50万部近く売れていてレビューが約500件」みたいな本もけっこうありますから、発行部数に比べるとレビューがつくペースが速いなという気がしていたんです。藤田さんがおっしゃったように、読後に自分の考えを書きたくなってレビューしてくださるんでしょうね。

藤田 一般的に、よく売れている本ほどレビューの平均点は下がる傾向があります。「ベストセラーにはなったけれど、読者の満足感は低い」という本は意外と多いんです。それにはだいたい2つ理由があって、1つは単純に「コンテンツの質が低い場合」です。で、もう1つ意外と大事なのが「コンテンツとターゲットのミスマッチが起きている場合」です。

 本を出版するとき、われわれ出版社の人間は少しでも多くの人に買ってほしいので、「こういう人にも読んでいただけます!」「こういういいこともあります!」みたいに引っかかる要素を足そうとします。さらに広告を打って、「他のみんなも読んでいますよ! だからあなたも読んだほうがいいですよ!」というように、どんどんターゲットを広げていく。いわば「体をどんどん大きくしていく」ような感じですね。

 でも、いきなり自分が3メートル級の巨人になったら、たぶんいろんなところに体をぶつけちゃうじゃないですか。それと同じように、無理やりターゲットを広げた商品は「本来は必要としていなかった人」にも届いてしまうので、結果的にはどんどん不満が生まれていく。それがマイナスレビューという形で表出してくるんですね。

 そういう意味では、『13歳からのアート思考』は、われわれが「こういう人に読んでほしいな」とイメージしていた人にかなりの精度で届いているんだと思いますね。

末永 いろんな人に、「本が売れた一番の理由はなんですか?」と聞かれるんですが、テレビに出たとか大きなきっかけがないので、「じわじわ増えていったんです」としか答えられないんです。そういう意味でも、藤田さんがおっしゃった「無理に体を大きくしなかったから、必要な人の手に着実に渡っていった」という分析は、すごくしっくり来るように思います。

末永幸歩(すえなが・ゆきほ)

美術教師/浦和大学こども学部講師/東京学芸大学個人研究員/アーティスト

美術館で「これ知ってる!」しか感想が言えない人がやってしまいがちな「ものの見方」

東京都出身。武蔵野美術大学造形学部卒業、東京学芸大学大学院教育学研究科(美術教育)修了。「絵を描く」「ものをつくる」「美術史の知識を得る」といった知識・技術偏重型の美術教育に問題意識を持ち、アートを通して「ものの見方を広げる」ことに力点を置いたユニークな授業を、東京学芸大学附属国際中等教育学校や都内公立中学校で展開。生徒たちからは「美術がこんなに楽しかったなんて!」「物事を考えるための基本がわかる授業」と大きな反響を得ている。
自らもアーティスト活動を行うとともに、内発的な興味・好奇心・疑問から創造的な活動を育む子ども向けのアートワークショップや、出張授業・研修・講演など、大人に向けたアートの授業も行っている。初の著書『「自分だけの答え」が見つかる 13歳からのアート思考』(ダイヤモンド社)が16万部超のベストセラーに。オンラインで受講できるUdemy講座「大人こそ受けたい『アート思考』の授業ー瀬戸内海に浮かぶアートの島・直島で3つの力を磨くー」を2021年5月に開講。

藤田 たとえば紀伊國屋書店さんのPOSデータ(レジで買われた商品の記録。顧客の性別やだいたいの年齢などがわかる)を見ても、読者の男女比はほぼ半々に分かれています。普通の売れ行きのビジネス書は、男性75~65%、女性25~35%ぐらいの比率になりますし、それ以外のジャンルの書籍でもたいていは男女どちらかに偏ります。さらに、購入者の年代分布を見ても、笑ってしまうくらいに偏りがない。すごく不思議な売れ方をした本なんですよ。

美術館で「これ知ってる!」しか感想が言えない人がやってしまいがちな「ものの見方」

 僕らは書籍のマーケティングをするときに、「この本のターゲットは30代の働き盛りの男性」とか、「地方在住で時間に余裕のある女性」など、それっぽい読者想定をします。でも『13歳からのアート思考』は、そうしたデモグラフィックな特性とはほとんど関係がなくて、まんべんなく存在している一定の「種族」みたいな人たちに「これは自分のための本だ!」と思ってもらえたんだろうなと。だから、人口分布をそのまま反映したような売れ方になっているのではないでしょうか。