よって、一般的には診療所内で行った予防接種の売上を除外しても調査で直ぐにバレてしまうため、予防接種の売上を除外する医師は少ない。資料を収集した期間が短期間だったためか、資料に記載された振込は一回だけで、振込金額も30万円程度だった。そのため少額資料と判断され、収集されてから5年以上も活用されずにH医師は棚卸事案となっていた。
しかし、口座が事業専従者である妻名義であること。H医師の居住圏から電車で1時間以上も離れた他県に設定された銀行口座である事から、上田の「調査の勘」にひっかかるものがあった。
「逆L口座」は”たまり”を溜め込むための口座
「これは、おもしろい資料かもしれない」。
上田はマルサで、たくさんの不正に使われている銀行口座を見てきた。不正に使われている口座の特徴は熟知している。たった一度の振込を資料化したものだったが、収集した機動官も「調査の感性」が働いていたに違いない。
「この銀行口座を復元(調査して口座の異動明細を作ること)すると、きっと逆L口座になっているはずだ」。上田の脳裏には、まだ見ていない「逆L口座」の姿がはっきりと映っていた。
脱税に使用されている口座の特徴のひとつに「逆L口座」という呼び名がある。簿記の経験のある人にはわかりやすいかもしれない。銀行の通帳を思い出してほしい。預金通帳を見ると、一番左に「年月日」が記入してある。その右側は「取引内容」が記入され、「支払い金額」「預かり金額」「差引残高」と続いている。
預金の入金は銀行から見ると預り金(負債)の増加だ。したがって、入金は「貸し方」に記入される。「逆L口座」の特徴は、通帳に入金が続き、残高が一定額になると大きな金額で出金する口座の動きだ。出金は銀行から見ると負債の減少のため、借り方に記入される。
この口座の動きが「Lを逆から見たイメージ」に見えるため、税務の世界では「逆L口座」と呼んでいる。「逆L口座」の性格は一般的に「売上除外」や「たまり(脱税によって蓄財した資金)」の口座だ。