“私たちの時代に真に必要な学び”とは何か?
大野さんは、大学で学んだことをこの先どのように生かしていくかを考え続けている。起業するか、業務外でボランティアとして活動するか、あるいは今の会社を中から変えていく努力を続けるか。私は、彼が自分の思いをどのように実現するのかを見守り、応援していきたいと思う。大野さんの学ぶ姿は、何かとても大事な「気づき」を私にもたらしたと感じるからである。
それは、次のような気づきである。
まず、彼の学びは、“自由な学び”のイメージに新しい輪郭を与えてくれた。“自由な学び”というのは、自分の心の声に耳を澄ませ、自分が大事だと思う方向に向けて学ぶということだ。そのためには、時に自分が所属している組織の利害を超える必要もある。また同時に、自分の信念にこだわりすぎてもいけない。自分が「当たり前」だと思っていたことが誤っているかもしれないからだ。だから、他者と心を開いて対話を重ねることも、“自由な学び”の要件だ。そしてさらに、学びの場だけで完結せずに、学んだ結果が次の行動につながっていくことも大切だ。
そして、このような学びこそが、私たちの時代に真に必要な学びなのではないか、という気づきも与えてくれた。これまで私たちは往々にして、「自分の所属する組織に何ができるか」という前提を出発点にして思考を組み立ててきたのではないだろうか。けれども、今必要なのは、「成し遂げたいことは何か、そのために自分の所属する組織はどの部分で貢献することができるか」という発想に切り換えることだ。例えば、「地球環境の保全や人権の尊重といった人類の目標に対して、私の会社に何ができるのか」という考え方が大切な時代だということである。大野さんの学ぶ姿は、“自由な学び”と人類共通の課題の解決とをつなげる具体的なイメージを提示してくれているように感じる。
最後に、そのような“自由な学び”を支えるために、組織はどのように変わらなければならないか、ということについての気づきである。組織の利害は、個人の自由を抑圧しえる。社会人学生の中には、所属する会社などの組織の利害と学んだ成果との間で板挟みになる人もいる。卒業論文や修士論文の中には、個人の信念を置き去りにして、組織の都合に合わせた歯切れの悪い結論に至ることさえある。けれども逆に、組織は個人の“自由な学び”をサポートすることもできる。有給教育休暇や海外留学のサポートなどによって、それを実現している企業も実際に存在する。そのような組織は、風通しがよくなり、イノベーションを生み出す土壌を育てているに違いない。個人の“自由な学び”と組織とが良好な関係を結べば、大きな目標に向かって組織間で協力しあえる関係もつくりやすい。そうなると、社会全体の利益も大きくなるはずだ。
“自由な学び”を志す従業員に、大学で学び直す機会を積極的に与えることを、私は企業の人事に関わっている方たちにお願いしたい。それが、組織のイノベーション、さらには社会のイノベーションにつながっていく可能性を持っているからだ。
ちなみに、私が勤めている神戸大学では12学部中2学部に社会人入試制度がある。私は、そのうちの1つである国際人間科学部の学生との接触が多い。大学院はさらに社会人学生を広く受け入れており、私の所属先でもある人間発達環境学研究科には、職業人として高い成果を積み重ねてきた社会人を対象として実践的職業人の養成をめざす一年履修コースもある。大野さんのような社会人学生との刺激的な学びが増えていくことを期待している。