大学での自由な学びが保障された背景には……
「大学での学びは大野さんにとってどのような経験ですか?」と尋ねたところ、「これまでの人生の中でいちばん充実した経験です」と言い切った。その言葉が嘘でないことは、大野さんの表情を見ればわかる。
大野さんと一緒に学んでいる学生のひとりは、大野さんのような社会人学生から大きな刺激を受けていることを、次のように語ってくれた。
「社会人学生の学びへのパワーに圧倒されています。どこからこんなに学びを求めるエネルギーが湧いてくるのだろうか、と。社会人学生から学ぶことは、経験に根ざしているだけ深くて楽しいんです。私が学んだことを家族に話すなんてことができるようになったのも、社会人学生からの影響が大きいです」
その一方で、実は、大野さんは大学で学んでいることを会社に届け出ていない。従業員の学びを支援するような職場の雰囲気ではないのだそうだ。大野さんは、大学に来て授業に出席する時間を確保できないので、何年もかけて卒業するつもりで入学してきた。しかし、幸か不幸か、コロナ禍のために軒並み授業がオンラインとなり、休憩時間や出退勤時の車の中、それに帰宅後に授業を受けることができた。思いの外スムーズに2年で卒業できるところまで漕ぎ着けた。
大野さんの会社は、彼が大学で学んでいることを知らない。「障がいのある従業員が力を発揮できる職場づくり」をテーマに大学に通う大野さんの学びに、当の企業が関与していないという状況を知って、私はとても残念に感じた。そうだとすると、彼の学びを職場に還元するのも容易ではないだろう。大野さんも次のように述べている。
「私は自分が勤めている会社が好きですが、障がい者雇用に冷淡な空気は簡単には変えることができないでしょう」
このような状況だからこそ、大野さんは大学での自由な学びが保障された、と言うこともできる。勤務している会社の事情に左右されずに、障がい者が働きやすい職場について純粋な思いから追究することができた。しかし、その学びが社会に生かされなければ、大野さんの思いは実現されない。