学びのテーマは「障がい者が働きやすい職場」

 大学に社会人入学して、「障がい者が働きやすい職場」をテーマに学ぶことを決意した大野さんは、近隣の大学の情報を集めた。目にたまたま入ったのが、私の仕事が取り上げられていたネット上の記事だった。「どうやら、神戸大学に障がい者が働くカフェがあって、津田という人がそれに深く関わっているらしい」という情報を頼りに、大野さんは神戸大学に足を運んでみることにした。

 神戸大学人間発達環境学研究科で運営しているカフェ「アゴラ」で大野さんを待っていたのは、カフェに集った人たちの暑苦しいほどのコミュニケーションだった。大野さんの経験を根掘り葉掘り聞いてくる人がいて、それをおもしろそうに笑顔で聞いている人がいて、「それだったら、こんな本があるから貸してあげる」と分厚い本を持たせてくれる人までいた。「求めていたものがここにある、この人たちと一緒に学びたい」――大野さんはそう思った。

 入学試験に合格して、2020年4月に晴れて大学生に戻った大野さんは、生き生きと学び始めた。学びたいことの焦点ははっきりしていた。障がい者が働くということをどう捉えるか、障がい者が働きやすい職場とはどのような職場か、世界にはどのような障がい者雇用の実践があるのか、そういった焦点である。はっきりした目的を持って受ける授業はどれも刺激的だったという。

 4年生に上がり、卒業研究に取りかかった。もちろん、テーマは障がい者就労についてである。たくさんの現場に接触し、多くの人の話を聞くことで得られた気づきを卒業論文にまとめていくことにした。ここぞと思った企業にアクセスすると、どの企業もとても丁寧に障がい者雇用の考え方や工夫、歴史などを教えてくれた。ほとんどの企業で、社長自らが長い時間をかけて大野さんとの話に付き合ってくれた。

 先日、大野さんは卒業論文を無事提出した。その論文で扱ったキーワードには、「持前」という言葉が含まれている。「持前」という言葉を選んだのは、仕事に人を割り当てるか、人を見て仕事を作るかという選択肢が、障がい者雇用の質を左右しているという気づきがあったからだ。