コロナと生きる生活が日常になった今、目まぐるしく変わる状況や、情報にさらされて、不安や恐怖にとらわれる人が増えている。卒業や進学、子どもたちにとって一つの区切りを迎える時期である3月。春からの新生活を楽しみにする一方で、変化を前に、不安を感じる子も多い。
子どもが過度の不安や恐怖にとらわれてしまった時、親はどうしてあげたらよいのか。イギリスと日本で24年間に渡り、子どもたちの精神治療に向き合ってきた、精神科専門医、英国児童・思春期精神科医の森野百合子先生に話を聞いた。
(取材・構成/沖本敦子、編集/和田史子)

児童精神科医が教える<br />子どもを苛む「不安と恐怖」に親ができることこの時期、不安や恐怖を抱える子どもが増えている(写真はイメージです Photo:AdobeStock)

学校不適応の子どもが増えている

森野百合子先生森野百合子(もりの・ゆりこ)
医師。精神科専門医。英国児童・思春期精神科専門医。家族療法士。
日本医科歯科大学を卒業後、大人の精神科医として数年働いた後渡英。ロンドン大学付属精神医学研究所とモースズレイ病院にて、家族療法および児童・思春期精神科臨床を学び、英国にて児童・思春期精神科臨床に携わる。帰国後は、東京都立梅ヶ丘病院医長、 東京都立小児医療総合センター児童・思春期精神科部長を経て、現在は、なります子どものこころケアセンター準備室長。感情障害や発達障害、摂食障 害など心の問題に悩む子どもたちと親に向き合い、家族療法を用いながら日々治療を重ねている。

── 先生の診察室にやってくる子どもたちは、どんな症状を抱えていますか?

森野先生(以下、森野) 摂食障害や問題行動など、さまざまです。

 傾向としては、学校不適応の子どもたちが、ものすごく多いです。子どもには、「大人になって、40人が同じ環境で、一方向に同じことをやらされるなんてことは、まずない。今の状況がどちらかというと特殊だから、学校に合わない自分がおかしいんだと思わなくていいよ」と伝えています。

 ただ、今の学校のシステムに合わない子どもが増えているのは確かですし、これによって失われてしまうかもしれない能力や可能性が本当にもったいない。わたしたち大人が、新しい枠組みを考えていく必要があると思います。

 私は元々大人の精神科医をしていたのですが、大人の精神科と児童精神科の大きなちがいは、子どもの場合は、診断名がつきにくいことなんです。

 たとえば不登校は診断名ではないですし、環境要因が子どもに影響して、症状が出ているという場合も多い。そこを調整したらよくなっていく。それに子どもには、自分自身で育っていく力がすごくあります。もうどうしようかと思っていた子どもも、数年経つと落ち着いたり。本当に変わっていくんです。その成長を間近で見られるのが、児童精神科医の醍醐味です。

「精神的に健康」とは、その人の能力を
100%発揮できている状態のこと

森野 私はイギリスで家族療法を学び、家族療法士の資格をとった後、9年間モーズレイ病院(ロンドンにあるNHSメンタルヘルストラスト運営の、精神科病院群からなる組織)や、その他の児童・思春期外来クリニックに勤務しました。イギリスの児童・思春期精神科では精神療法がたくさん用いられています。医師だけが診るのではなく、看護士さんやソーシャルワーカーが一緒にチームになって動くことも多いです。薬はそこまで使わず、家族療法やプレイセラピー、認知行動療法などを通じて、その子が健やかに暮らしていける道筋を探ります。

── 治療には「ゴール」のようなものはあるのでしょうか?

森野  精神治療の定義のひとつに、「その人が持って生まれた能力が100%発揮できているのが、精神的に健康な状態である」というものがあります。私たちは、そこに到達することを目指して患者さんの手助けをする。正解はひとつではなく、その患者さんの数だけゴールがあり、患者さんの数だけそこへ到達する色々の道があるという意味で、私が好きな定義のひとつです。

── 無理矢理ひとつの枠に適応させても、その人が持って生まれた能力が抑圧されているなら、精神的に健やかであるとは言えないとうことですね。その人らしさをそよがせている人って、満ち足りていい感じなので、それはよくわかります。

最近耳にする「家族療法」とは何か?

── 「家族療法」とは具体的にどんなものなのでしょう?

森野 「家族療法」って聞くと、家族の誰かがおかしいからそれを治療する、という風にとらえちゃう人もいると思うのですが、そうではありません。

 イギリスでは、システミックサイコセラピー(Systemic Psychotherapy) という呼び方をしています。たとえば目の前の子どもに症状が出ている時、その原因はその子ひとりの中にあるのではなく、その子の家族との関係や、家族以外との人間関係、また、その人達が世の中で置かれている環境にも原因があるという風に、問題を関係性でとらえ、そこをほぐして調整していく。それぞれに言い分がちがってもいいんです。家族療法では、人の数だけ真実があると考えます。

 各人の側から見えていたそれぞれの事実を、家族で一緒に見ていく。なので、敵対しているからといって別々にやるのではなく、技術は必要ですが、基本的に家族が同席して話をしていくことに意義があります。子どもの置かれた状況を知ることで誤解がとけたり、話し合う中で当人達が、お互いの考え方のずれに気づくことも多いです。