「教育データ利活用」の2つの目的

 しかし、このような記事が出たことで、「教育データ利活用ロードマップ」に注目が集まり、議論が行われることは重要です。これは、デジタル庁を含む4省庁が9月から集中的に検討し、多数の関係者にもヒアリングにご協力をいただき、そこでの貴重なご意見を踏まえつつ取りまとめてきたものです。この機会に、「教育データ利活用ロードマップ」が何を目指しているのかについて、ぜひ知っていただきたいと思います。

目的1 「プッシュ型支援」
複数課題を抱える子どもへ
要望を待たずに行政から支援をする

 まずは、なぜこのようなことをする必要があるのか。その「目的」を2つの例で説明したいと思います。1つは「プッシュ型の支援」の実現、もう1つは「個別最適な学び」です。

 まずは、プッシュ型の支援について。これは、「教育データ利活用ロードマップ」の42頁の「データ連携による支援が必要な子どもに対する支援の実現」に記載してある内容です。

 下記の図1は、私の研究室で、コロナ禍である2020年度中に認定NPO法人カタリバとともに、経済困窮世帯の児童・生徒とその保護者を対象にして行った調査です。

「教育データ利活用」は本当に「地獄への道」なのか?図1 経済困窮世帯の子どもと複数の課題を抱える子どもの比較
注:2020年10月に認定NPO法人カタリバとともに経済困窮家庭の児童・生徒と保護者222人を対象に実施したアンケート調査に基づく。平均0、標準偏差1に標準化した値を示しており、すべての変数で2群の間に統計的に有意な差がある。SDQ(Strength and Difficulties Questionnaire:子どもの強さと困難さアンケート)は子どもの情緒や行動についての25問の質問を集計したもので、数字が大きいほど困難度が高い。
出所:「子ども庁何を優先すべきか(上)中室牧子・慶応義塾大学教授――縦割りの排除、自治体でも(経済教室)」『日本経済新聞』2021年6月1日号朝刊、26頁

 そこで明らかになったことの1つは、経済困窮以外の課題を同時に抱える子どもが、実に全体の40.2%にも上るということです。経済困窮に加えて、19%に発達障害、7%に身体障害があり、13%が不登校になっています。ここにひとり親を加えると、70%以上が複数の課題を抱えていることになります。

 しかし、行政の視点で見てみると、発達障害や身体障害は健康・保健関連部署、不登校は教育委員会、経済困窮は福祉関連部署の担当であり、行政の縦割りによって、保健・教育・福祉の所管横断的な情報共有が妨げられ、複数の課題を抱える子どもに対する支援が十分に行われているとは言えません

 この結果、図1でも示される通り、経済困窮以外の複数の課題を抱えている子どもたちは、経済困窮のみの子どもたちと比較すると、授業理解度やや自己肯定感が低く、不安感が強いという結果になっています。そもそも、経済困窮世帯の子どもは学力が低い傾向がありますが、複数の課題を抱えると更に低くなってしまうというわけです。

 子どものいる経済困窮世帯を支援している団体の関係者に話を聞いても、子どもが複数の問題を抱えている場合は、あちこちの部署をたらいまわしになり、必要な支援を得られるまでに相当の時間がかかったという話を耳にします。

 あちこちの部署で、何度も同じような説明をし、何度も同じような申請書類を書かねばならないわけですが、経済的に困窮しているというのに、平日の昼間から仕事を休んでそんなことをせねばならないというのは大変なことです(ちなみに、海外では大学入試と奨学金の手続きが面倒臭いことが、低所得家庭の大学進学率を押し下げていることを示した研究があるほどです)。

 ですから「ワンストップ型」の支援を実現すること、そして「プッシュ型の支援」または「アウトリーチ」といって、支援を必要とする人からの申請を待つのではなく、個人情報の保護を前提としたうえで、行政から働きかけを行うことが重要です。

「教育データ利活用ロードマップ」の目的の1つは、まさにこのような「ワンストップ型の支援」や「プッシュ型の支援」を行うためのデータ連携です。