そして第3のポイントについて、北朝鮮との軍事合意に基づき米韓の合同軍事演習は、小規模な机上演習を除き、大規模な実戦演習は、過去3年間実施していない。このため、米韓連合軍の運用能力は大幅に低下していることが懸念される。終戦宣言や平和協力協定締結も、北朝鮮に有利な措置である。停戦体制の変更は国連軍司令部を、そして、平和協力協定締結は連合軍司令部と在韓米軍の地位を、それぞれ無力化することになる。

 このように、韓国の防衛体制は文政権になってから弱まっている。

 さらに北朝鮮を主敵と考える思想が失われて、韓国軍の士気も低下しているのではないだろうか。

 また、将来の夢を失った若者世代の間では国に対する忠誠心も弱まっていることだろう。

 現状のように韓国の総合的な国防力が低下した状態で北朝鮮の高まる脅威を防ぐことはできるのだろうか。大統領選挙でしっかりした論戦を期待したい。

国内の分断と危機感の欠如で
韓国の安全保障は正念場に

 ウクライナがロシアの侵攻を受けるようになった背景には、国内政治の混乱と分裂のため、防衛力が弱体化していた点があることを見過ごしてはならない。そうした視点で見ると、現在の韓国大統領選挙をめぐる国内の分断、分裂は極めて深刻な状況である。

 文大統領は就任後ただちに積弊の清算を進め、保守派の排除、革新系の長期政権を目指す行動に出た。これによって保守と革新の対立は決定的なものになった。

 国内の分断は保守対革新ばかりでなく、夢と希望を失った若者世代と40代、50代の中堅世代の対立も深刻化させた。

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 そうした中、韓国では来月に行われる大統領選挙に向けて、与野党ともに相手候補の不正やスキャンダルを暴く、ネガティブ攻撃合戦に終始しており、双方の感情的なしこりはますます高まっている。

 こうした状況は、次期政権になっても容易に和解には至らないだろう。国が一体となって懸案に立ち向かう体制にはならないだろうし、政権の基盤は脆弱なものとなろう。次期政権において、韓国の米韓同盟体制や安保意識はどうなるのか。いずれにせよ、近い将来、韓国の安全保障は正念場を迎えることになるだろう。

 次期大統領就任で現在のような危機感欠如の状態が改まらなければ、韓国は大変なことになるとの意識を持って、大統領選挙に臨んでもらいたいものである。

(元駐韓国特命全権大使 武藤正敏)