2020年に西陣織(京都の西陣地域でつくられる先染めの織物)の老舗「細尾」の12代目を継いだ細尾真孝氏と、音楽家として国内外で活躍する高木正勝氏。学生時からの旧知の仲である両者が今回、数年ぶりに再会し、細尾が展開する西陣織ブランド「HOSOO」の旅籠店にて、細尾の数々のコレクションやギャラリーの展示を巡りながら対談。前編に続き、後編となる今回は、ウェルビーイング、伝統とイノベーション、テクノロジーと感性のバランスなどについて語ってもらった。(構成/ダイヤモンド社編集委員 長谷川幸光)
朝ドラの仕事が終わった後
夜、眠れなくなったんです
――『ハーバード・ビジネス・レビュー』の調査では、89%の人がコロナ禍で職場のウェルビーイング(身体的・精神的・社会的に良好な状態)が低下したと回答しています。人と人との「つながりの形」に大きな変化が起きている今、お2人にとってのウェルビーイングについてお聞かせください。
1979年、京都生まれ。2013年より兵庫県在住。ピアノを用いた音楽と、世界を旅しながら撮影して制作する映像の、両方を手がける作家。国内外でのCDやDVDリリース、美術館での展覧会や世界各地でのコンサート、映画・CMの音楽など、多様な活動を展開。2009年、Newsweek日本版で「世界が尊敬する日本人100人」の1人に選出。プライベート・ピアノ曲集『Marginalia(マージナリア)』シリーズのほか、NHK連続テレビ小説「おかえりモネ」、細田守監督の「おおかみこどもの雨と雪」「バケモノの子」「未来のミライ」、スタジオジブリを描いたドキュメンタリー「夢と狂気の王国」などのサウンドトラックや数多くのCM曲を手がける。著書にエッセイ集『こといづ』(木楽舎)。 Photo by Itsumi Okayasu
高木正勝(以下、高木) 朝ドラの音楽制作に1年間、たずさわってきて、それが終わったときに、夜、眠れなくなったんです。
渦中にいた1年間は必死だったので自覚はありませんでしたが、やはり忙しかったのだと思います。今までやったことないくらい、すごい回転で曲をつくっていたんですね。全部で300曲くらいはつくったのかな、1日に何曲も作っていました。
その仕事を終えたときに、普通という状態がわからなくなったんです。何を見ても聴いても良さがわからない。世間でおもしろいと言われているものでも、何がおもしろいのか、どのように楽しめばいいのかわからない。ピアノに向かってもどの音が自分にとって気持ち良いのかわからない。曲も思うように作れない。不感症のような状態になったんです。
これはマズイと思って、一度、ある時間帯からは、外部からの情報をシャットアウトするようにしました。携帯電話を見ないようにして、寝室にも置かない。本も読まない。
それを2週間ほどしていたら、心のスピードがどんどん緩やかになってきて、うそのように眠れるようになったんです。ようやくフーっと、息がつけるようになってきて、雪が降るだけで楽しかったり、ご飯もおいしく感じたり、細かなことに目が向くようになりました。朝起きるだけで気分がいいので、曲を作れるし、いいアイデアも浮かんでくる。
「ただただ暇」というのは、実はすごく大事で、日常でそうした時間をつくるのは難しいかもしれませんが、旅行へ行くなどして、極力、つくってみる。今はコロナ禍でなかなか旅行へ行けないかもしれませんが、その場合は旅行へ行っているように、家でもぜいたくに時間をゆったり使う。とにかく忙しすぎる状態をいったん、ストップしてみる。やめられるだけやめてみるんです。
ある人が以前、学生向けの講演で、「幸福は空気のようなものだ」と言っていました。普段は生活や仕事に忙しくて気づけないだけで、幸福は空気のように、いつでもどこでもあるんだと。