『ハーバード・ビジネス・レビュー』の調査では、コロナ禍で職場のウェルビーイングが低下したと回答した人は89%にのぼった。このような変化に敏感な企業はいち早くウェルビーイングを経営を取り込み、従業員の人間性やライフスタイルを大切にすることで、従業員エンゲージメントの向上に成功している。一方で、従業員の人間性に関心を寄せないマネジメント下では、従業員エンゲージメントは低下し、生産性は上がらず、次々と人は離れていく。「ウェルビーイング」とは何か? ウェルビーイングを経営を取り込むには何から始めるべきか? シリコンバレーを拠点に投資活動を行い、今秋、ウェルビーイング・テクノロジーに特化したファンドを立ち上げた奥本直子氏に話を聞いた。(ダイヤモンド社編集委員 長谷川幸光)
今なぜ「人間性の回復」が必要か?
テクノロジーは人を幸せにできるか?
急速に発達するテクノロジー、そして新型コロナウイルスの感染拡大は、人と人との「つながりの形」に大きな変化をもたらした。
「孤立、漠然とした不安、未知の事態への恐れが、私の日々のウェルビーイングに大きな変化をもたらしています。私自身やクライアント、そして友人や家族が気がかりで、大きなストレスが生まれています。何カ月もの孤立は人を衰弱させます。未知の事態に対する不安も同じです。これらはすべて、実際に身体へ影響を与えます。私の場合、睡眠や仕事に対する集中力、新しい情報を学ぼうとする気力に影響をおよぼしています」――。
これは、2020年秋に『ハーバード・ビジネス・レビュー』が実施した、読者を含む45カ国1500人超を対象とした、コロナ禍におけるバーンアウト(燃え尽き症候群)に関する調査の自由回答のコメントのひとつである。
同調査では、コロナ禍で職場のウェルビーイングが低下したと回答した人は89%であった。また、コロナ禍で生活全般のウェルビーイングが低下したと回答した人は85%であった。回答者の多くが、基本的な身体的欲求を満たすことの難しさ、メンタルヘルスの悪化、他所との断絶を感じるといった孤独感や孤立感、仕事への意欲喪失などを訴えているのだ。一方で、職場や生活全般のウェルビーイングが向上したと答える人も調査対象者の4分の1近くいた。
こうした変化に敏感な企業はいち早くウェルビーイングを経営を取り込み、従業員の人間性やライフスタイルを大切にすることで、従業員エンゲージメントの向上に成功している。一方で、従業員の人間性に関心を寄せないマネジメント下では、従業員エンゲージメントは低下し、生産性は上がらず、次々と人は離れていく。
では、そもそも「ウェルビーイング」とは何だろうか? 経営層はどこから始めればいいのだろうか? ウェルビーイング・テクノロジーに精通する奥本直子氏に話を聞いた。
400兆円規模に急成長する
「ウェルビーイング・テクノロジー」市場
Amber Bridge Partners代表、NIREMIA Collective創業者兼マネージング・パートナー、ボストン大学大学院修士。米マイクロソフト、米Yahoo!本社でのバイスプレジデントを経て、ベンチャーキャピタル WiLの創業に参画。2017年に独立し、日米間のビジネス開発・投資のコンサルティング会社 Amber Bridge Partners を設立。英国上場企業 S4 Capital の社外取締役、孫泰蔵氏率いるファンドMistletoeの上級フェロー、非営利団体Transformative Technologyのボードアドバイザー兼日本アジア支局代表ほか、米国企業数社のアドバイザーを務める
――奥本さんは長年、シリコンバレーで活動をされていますが、現在はどのような活動をされているのでしょうか。
この秋(2021年10月)にウェルビーイング・テクノロジーに特化したファンド「ニレミア・コレクティブ」(NIREMIA Collective)を立ち上げ、創業者兼マネージング・パートナーとして、起業家の方たちと伴走しながら彼らをサポートする投資活動を行っています。
ファンドのパートナー、ニコール・ブラッドフォードは、心理学研究者のジェフリー・マーティンとともに、2014年にウェルビーイング・テクノロジーの世界最大のエコシステム「トランスフォーマティブ・テクノロジー」(Transformative Technology)という非営利団体を立ち上げ、世界72カ国に9000人のメンバーを有する組織に育て上げました。現在はこちらのボードアドバイザー兼アジア支局代表も務めています。
また、デジタルマーケティングに特化したイギリスの上場企業であるエスフォー・キャピタル(S4 Capital)の社外取締役や、アメリカのスタートアップ数社の社外取締役やアドバイザーをしています。そのほか、ブロックチェーンや仮想通貨に関する世界最大のメディアであるCoinDeskと交渉して日本法人を立ち上げ、CoinDesk Japanの取締役兼副社長もしていましたが、今は軌道に乗ったので取締役のみをしています。
――現在のように世界的に注目される前から、ウェルビーイングに関するさまざまな活動をされていますが、もともとウェルビーイングに最初に興味を持った理由は何だったのでしょうか。
それは、投資家としての理由と個人的な理由の2つあります。