人的資本という観点から退職者(アルムナイ)をとらえる

 創業後、鈴木さんは企業の人事部などを訪ね、「アルムナイ」との関係構築の意義を説いて回ったが、当初は、「意味が分からない」「言いたいことは分からないでもないけど、うちでは無理」といった反応ばかりだったという。しかし、ここ数年、時代の変化もあって、日本企業の姿勢は徐々に変わり始めている。

鈴木 産業構造や事業環境が急速に変化するなかで、多くの企業が人材戦略の見直しを進めざるをえなくなっています。個人のキャリアを巡る状況もこの10年ですっかり変わりました。終身雇用の崩壊、年功序列から能力主義への移行、ジョブ型雇用に加え、昔と比べると、副業・兼業もかなり一般的なものになってきました。

 そうしたなか、業種や職種によっての温度差はありますが、退職者(以下、「アルムナイ」と同義)との新しい関係を模索する企業が増えつつあります。その動きをさらに後押ししているのが、「人的資本」の考え方です。2018年に人的資本に関する世界初の網羅的・体系的な情報開示のガイドラインとしてISO30414*2 が公開され、2020年には米国SEC(証券取引委員会)が人的資本に関する情報開示をルール化しました。日本においても金融庁と東京証券取引所がとりまとめているコーポレートガバナンス・コードが2021年6月に改訂され*3 、人的資本に関する開示の補充原則などが盛り込まれました。そのなかで、退職者も「人的資本」の一部ととらえる企業が増えてきたのが、日本企業の現状だといえるでしょう。

*2 ISO30414は、2018年12月に国際標準化機構(ISO)が発表した人的資本に関する情報開示のガイドライン。内部及び外部のステークホルダーに対する人的資本に関する報告のための指針であり、労働力の持続可能性をサポートするため、組織に対する人的資本の貢献を考察し、透明性を高めることを目的としている。事業のタイプ・規模・性質・複雑さにかかわらず、全ての組織に適用可能なガイドラインとされ、「コンプライアンスと倫理」など、11領域とさらに細分化された49項目が示されている。
*3 コーポレートガバナンス・コードは、金融庁と東京証券取引所が定めた上場企業における企業投資の指針。2021年6月に改定された改訂版では、第3章「適切な情報開示と透明性の確保」の原則3-1「情報開示の充実」に、補充原則3-1(3)を新設。「人的資本や知的財産への投資等についても、自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識しつつ分かりやすく具体的に情報を開示・提供すべきである」としている。また、第4章「取締役会等の責務」の原則4-2「取締役会の役割・責務(2)」に、補充原則4-2(2)を新設。「人的資本・知的財産への投資等の重要性に鑑み、これらをはじめとする経営資源の配分や、事業ポートフォリオに関する戦略の実行が、企業の持続的な成長に資するよう、実効的に監督を行うべきである」としている。