アルムナイとの関係強化でもたらされるものは…

 退職者を人的資本の一部ととらえ直す場合、最も分かりやすいのが、(退職者の)再雇用・再入社だ。実際、再雇用・再入社のためにハッカズークのシステムを導入した企業もある。ただ、再雇用・再入社はアルムナイとの関係の一面に過ぎず、「本質ではない」と鈴木さんは強調する。

鈴木 アルムナイとの関係強化の結果、再雇用・再入社につながる事例はもちろんたくさんあります。しかし、再雇用・再入社はあくまでアルムナイの価値の一部に過ぎませんし、アルムナイの再雇用・再入社ばかりにフォーカスするのは、「人材を自社で抱え込もう」という従来の発想に縛られている気がします。「採用や教育といった人材への投資が、辞められてしまったら無駄になる」というものも「人材を自社で抱え込もう」という姿勢がベースでしょう。「せっかく投資したのに……」と嘆くより、「せっかく投資したのだから……」と考えてみてはどうでしょう。

 それは、つまり、人材の「定着」についての定義を見直すことです。いままでの発想では、雇用契約に基づき、社員の可処分労働時間を自社のために100%使ってもらう「正社員雇用」という状態が「定着」ということでした。それが退職によって全く縁が切れてしまうから0になり、それまでの投資を回収する可能性も失われるのです。しかし、退職者と何らかの関係を維持し続けることで、0ではなくなります。たとえば、業務委託として可処分労働時間の10%でも20%でも自社のために使ってもらえるのなら、それまでの投資を自社の価値創造につなげることができるはずです。

 この考えでの「人材の定着」には、アルムナイの直接採用や、アルムナイとの業務委託、協業や提携もありますし、アルムナイの知り合いを紹介してもらう「リファラル」での採用や業務委託や協業もあります。

 つまり、「人材のストック化」がアルムナイとの関係活用の本質なのです。

人的資本経営のカギとなる “アルムナイ”の可能性と“辞め方改革”

 人材のストック化は、2021年6月に改訂された「コーポレートガバナンス・コード」との関連でも重要だ。「人的資本や知的財産への投資等」について、分かりやすく具体的に情報を開示・提供したり、企業の持続的な成長に資するよう実効的に監督することなどが求められている。

鈴木 人的資本の情報開示に関しては、今夏(2022年・夏)までに政府が指標やルールを示してくると思います。その指標に加えて、各社の事業戦略と人材戦略に沿った施策を実行し、それによる企業価値への影響を示していくことが重要になります。「辞めたあいつは裏切り者だ」という怒りから、これまではフロー型でダダ漏れになっていた退職者を、関係を強化することでストック型に変え、退職者が会社の資産となってくれるように会社が取り組むことは「コーポレートガバナンス・コード」の考えに合致するはずです。ISO30414や今後に政府が示す指標やルールに沿って対応していくなかで、退職者との関係を見直す企業が増えていくことになると思います。最近は人事部門だけではなく、経営企画部門などから当社への問い合わせも増えており、その兆候がうかがえますし、実際に統合報告者やアニュアルレポートの人材セクションに、アルムナイに関する取り組みを掲載する企業も増えてきています。

 もちろん、社員に対する施策において「こうすればうまくいく」といった、どの会社にも当てはまる正解があるわけではないのと同じで、アルムナイとの関係についても、どの会社にも当てはまる正解があるわけではありません。自社の人材戦略に組み込んでいき、アルムナイにとっても価値のある関係を構築したうえで、企業価値の向上にどう寄与しているか、それを計測し、どう改善していくか……さまざまな取り組み方があるでしょう。その過程を対外的に公表していくことが重要ですし、今後、重要な非財務情報のひとつとして評価されるはずです。