「当たり前の枠組み」を解体していくことの必要性

 私は、「例外への感受性」の高い学生たちの有望な進路は起業だと感じる一方で、ダイバーシティ&インクルージョンが目指される社会の中で、「当たり前の枠組み」から自由であろうとする組織が増えていかないといけないとも思う。例えば、女性従業員に女性らしさ、男性従業員に男性らしさを求めるという「当たり前の枠組み」に縛られている企業が、まだ大多数を占めるのではないか。

 宇都さんが目指していることも、この「当たり前の枠組み」の解体だ。宇都さん自身、次のように述べている。

「私がやろうとしているのは、教育活動なんです。教育活動でなければ、人に何かを伝えることができないと思うからです。でも、人は教育プログラムに参加したらすぐに変わるなどということはありません。教育によって人の認識や行動が変わるのは、長期的・継続的な働きかけの結果だと思うんです。だからこそ、私は急がずにできることをやっていく道を選んだのです」

 ダイバーシティ&インクルージョンの社会に移行するためには、「当たり前の枠組み」を解体していく必要がある。「価値がない」とされたものに新しい価値を見出したり、合理的とされる行動の合理性を疑ってみたりすることで、社会は多様な価値を取り入れることができるようになっていく。しかし、「当たり前の枠組み」の解体は容易ではない。長い時間をかけた継続的な社会への働きかけが必要なのだ。

 宇都さんのような信念を持った生き方を選ぶ若者が、私たちの取り組みの中から育っていったことに、私は誇りとともに一抹の不安を感じる。それは、立派に育っていく卒業生に対する誇りであり、また、その卒業生に茨の道を歩ませているのではないかという不安である。

 企業の人事に関わっている方たちには、「当たり前の枠組み」を解体する力を持つ学生や卒業生が組織の中でも活躍できる道を切り開いていただけたらありがたい。多様性に開かれていない社会では、「例外への感受性」の高い人もまた社会の周辺に置かれがちである。けれども、その感受性は、ダイバーシティ&インクルージョンの社会には不可欠な力である。「例外への感受性」の高い人には起業しか道がないような社会ではもったいない。

挿画/ソノダナオミ