物語モードでM&A後の組織を語るとは、2つの組織が経験してきた「これまでの出来事(過去)」「いま現在起こっていること(現在)」、そして「近い将来、2つの組織が合併後に経験する出来事」の連鎖を「意味づけていく(Sense Making)」モードです。
例えば、「100年続くお煎餅メーカーであるA社は、今、高齢化の波にのまれ、これまでどおりのことを国内だけでやっていると、先細ってしまう。次の100年も、愛されてきた伝統の味を守り発展させるため、アジアパシフィックに販路を持つB社と合併し、アジアでも愛されるお煎餅メーカーを目指したい」などといった語りは、必ずしも論理的・合理的でなくとも、心情的に共感できるため、社員としては納得感を持って事実を受け入れやすくなります。
また、M&Aに関わるこれまでの出来事の連鎖を意味づけていき、これからどうなるのか、その先をストーリーとして語ることは、一連の流れを疑似体験することにつながり、聞いた人に共感を生み出します。真実味があり、納得感を与えるストーリーは、M&Aに対する信頼感や安心感を生み出すことにもつながります。また、あえて曖昧さを残すことで相手に想像させたり、考えさせたりする余地を与えることができ、「ただ言われるがまま」ではなく、主体的にM&AやPMIについての検討を促せるというメリットもあります。当事者として社員を巻き込むきっかけになるという意味では、ストーリーを語ることは、組織づくりにおいても重要なツールといえます。
M&Aの推進力となる
「ストーリーづくり」
M&A以前から、こうした「ストーリーづくり」を行っておくことは、M&A後の流れをシミュレーションすることにもなり、どのような形でM&Aを進めていくのかを考えていく上でも役に立ちます。
その際にポイントとなるのは、2社の「これまで」「いま」「これから」をストーリーに組み込む、ということです。これらが明確に示されたストーリーは、統合後の組織が向かう先、ビジョンを伝える地図となり、PMIを進める際のパワフルな躍進力となります。その意味で、「ストーリーづくり」の際に避けたいのは、次の3点です。
1.「これまで」を否定するストーリー
2.「いま」がわからないストーリー
3.「これから」が見えてこないストーリー
「これまで」「いま」「これから」の3つが見えないストーリーは「曖昧なストーリー」です。「曖昧なストーリー」は、かえってPMIを進める際の妨げとなってしまいます。
M&Aの状況によっては、買われた側のメンバーが、「これまで自分たちが取り組んできたことが否定されてしまった、ダメだったんだ……」と自信を失っている可能性もあります。そんなとき、買った側から「従来の取り組みは時代錯誤なので、最先端の技術を用いながら改革を進めていきます」というメッセージが発せられたとしたら、買われた側で一生懸命働いてきた社員の反感を買うことは必至です。仮に、事実として改善の余地があるものだったとしても、買った側としては、これまでの取り組みに対する敬意をまずは表す必要があります。
また、今、M&Aがどのような状況にあるのか、今後、どのようなステップでPMIのプロセスが進んでいくのか、自分たちの業務にはどのような影響があるのかについての情報が含まれていない場合、社員の不安感は大きく高まります。そもそも自分たちの雇用は維持されるのか、特に業務の継続や変化に関する内容については、決まっていることをしっかりと共有することが、社員の安心感を醸成することにつながります。
そして、M&Aという現場に対して変化を強いる手法を取るからこそ、M&Aを通じて期待される成果や達成後のビジョンを、夢を持って語る必要があります。仮にそのビジョンが、M&Aを用いなくても達成できるものであったとしたら、現場で大きな負担を強いられる社員はM&Aという戦略に対して、共感することができません。これからのPMIの道筋についても、どのような体制で、どのような進め方で、いつまでに、どのような成果を目指すのかを明確にすることで、社員にとっても初めて、M&Aのプロセスに取り組む必要性やこれからの流れをイメージすることができるようになります。
M&Aは(上場企業の場合は特に)情報の守秘性が大事にされることから、M&Aに関する契約が締結され、プレスリリースが出された時点で、社員は初めて自社のM&Aを知らされるということも少なくありません。M&Aの性質上、情報の守秘性を維持しなければならないのは仕方がないことではありますが、関係者、特に買われた側の社員に動揺を与えることは避けられません。突然M&Aについて知らされて生じる動揺は「自分たちはこの先、どうなるのだろう」といった不安に変わります。そして、「自分たちのあずかり知らないところで、こんな話が進んでいたとは……」などと経営層への不信感につながります。そうしたM&Aに対するネガティブな感情が強く残ったままでは、PMIで取り組む必要がある施策に対しても、前向きに臨むことができません。早い段階で、社員のM&Aに対する認識をポジティブなものに変えていく必要があります。
目的とビジョンを伝える
説明会の開催
図表1のように、M&A直後に買った側の経営層からM&Aについての説明機会を持つことで、社員は組織との強い絆を早期(6カ月以内)に感じる割合が高くなります。「社員に対して説明をする」という姿勢が、自分たちが大事に扱われているという認識につながることで、会社との絆を感じるのです。
齊藤光弘 (さいとう みつひろ)
合同会社あまね舎/OWL:Organization Whole-beings Laboratory代表。組織開発カタリスト。企業における組織づくりや人材育成の領域で、現場支援と研究を融合させ、メンバーが持つ想いと強みを引き出すためのサポートに取り組む。組織開発や人材開発、コーチングといった手法を有機的に組み合わせながら、組織全体の変容と個の変容を結び付け、支援の実効性を高めている。M&Aのプロセスをサポートするコンサルティングファームのコンサルタント、事業承継ファンドのマネージャーを経て、東京大学大学院にて中原淳氏に師事し、組織開発・人材開発の理論と現場への応用手法を学ぶ。2020年3月まで國學院大學経済学部特任助教を務めるなど、大学でのリーダーシップ教育、アクティブラーニング型教育の企画・実施にも関わる。著書に『M&A後の組織・職場づくり入門』(ダイヤモンド社)、『人材開発研究大全』(東京大学出版会)がある。