日本企業のM&Aが急増しており、2021年は過去最多の4280件を記録した(レコフデータ調べ)。しかし、M&Aの成功率は思いのほか低く、その原因の多くはM&A後の統合プロセスにおける「人と組織」の問題にあると言われている。この連載では、人材開発・組織開発の専門家が著した最新刊『M&A後の組織・職場づくり入門』(齊藤光弘・中原淳 編著、東南裕美・柴井伶太・佐藤聖 著、ダイヤモンド社刊)の中から、人と組織を統合する際の課題やアクションについて紹介していく。今回のテーマは、M&Aの目的とビジョンを、M&A後の統合(PMI)プロセスで社員にどのように伝えるか?(ダイヤモンド社 人材開発編集部)
前回の連載では「M&Aの目的とビジョンを統合前に明確にしておくことが重要」とお伝えしました。しかし、単に「さらなる事業成長のためのM&A」「販路拡大のためのM&A」など、M&Aの目的を漠然と言葉にするだけでは、その目的をどのように実現するのか、実現したらどうなるのか、そのために何をすればいいのか、どう取り組めばいいのかがわかりません。ゴールや、そこにたどり着くまでのイメージが伝わらないので、歩調を合わせて進むことができないのです。
そもそも、別々の組織に属していた社員が一緒になるわけですから、組織文化や価値観は異なるものです。それらの社員に同じゴール、同じビジョンをイメージしてもらうためには、具体的かつ詳細な説明が必要になります。そこで活用したいのが、「目的やビジョンをストーリーで伝える」という方法です。
「物語モード」で
メンバーを巻き込む
M&Aを進めていく際には、経営上やらなければならないことだと頭では理解できても、心では納得できない、といった場面に何度も遭遇します。長年親しんできた社名を変更する、会社のロゴを変更する、オフィスを移転する、部署名を統一する。「仕方がないことだと理解はしていても、どこか心がついていかない」。納得感を伴わない状態では物事は前に進んでいきません。そこでカギとなるのが「ストーリー(Story:物語)」です。
なぜ、人の心に共感や納得感を生むために「ストーリー」が有効なのでしょうか。心理学者ジェローム・ブルーナーは、人が現実を認識していく際には2つのモードがあるとしています。それは「論理実証モード(Paradigmatic mode)」と「物語モード(Narrative mode)」です(*1)。
「論理実証モード」とは、論理的な整合性を保ち、科学的な検証を行うことによって、客観性や数値化を意識し、合理的に理解を促す認識の仕方です。M&Aにより「企業価値が何%上がりそうだ」「収益率が何%上がりそうだ」といったことは合理的に理解できる話です。
一方で、「企業価値や収益率が上がるから買収は当然、という経営戦略上の妥当性は理解できるけれど、心情として合併には納得がいかない」ということもあります。また、「合併することはわかったけれど、具体的に今後、事業がどう変わっていくのか想像もつかない」といったこともあります。そうした場合、「物語モード」のほうが、現実味・迫真性・納得感をもたらすことがあります。