子ども向けの笑える歴史入門書、『東大教授がおしえる やばい日本史』が2018年7月に発売を開始して以降、ロングセラーになっている。シリーズ続刊の『さらに!やばい日本史』『やばい世界史』とあわせて、3年間も売り場に並びつづけているのだ。児童書の単行本は売り場での入れ替えが激しく、ロングセラーになれる本はほんの一握りだけ。異例ともいえるロングセラー化の理由を執筆者と出版社に聞いた。
(取材・構成:小川晶子)

子ども向け「やばい歴史入門書」が異例のロングセラーになった3つの理由Photo: Adobe Stock

理由1:1冊で「すごい」と「やばい」の両面が学べる

 本シリーズの大きな特徴の1つは、歴史上の人物の「すごい」面と「やばい」面を併記していることだと執筆者の滝乃みわこ氏はいう。

「一般的な歴史入門書には、歴史人物の「すごい」エピソードばかりが並んでいます。重要な内容なので当然ですが、子どもや歴史初学者にとってそれらは「お勉強」っぽさが強く、退屈に感じてしまう人もいるんです。歴史人物の「やばい」エピソードだけを並べた本もありますが、じつは歴史が苦手な人はその人物の背景を知らないので、何が「やばい」のかピンとこないんです。

 一方、『やばい日本史』は、歴史を知らない人も楽しめるよう、漫画で全体の流れをざっと抑えたうえで、人物ごとの「すごい」面と「やばい」面を同じボリュームで語っている。滝乃氏によれば「こういう構成の児童書は意外となかった」のだと言う。

 たとえば、徳川家康。「戦でビビってうんこをもらした」というやばいエピソードを面白く感じるのは、戦国の世を勝ち抜き、264年も続く江戸幕府を開いたすごい人物だから。すごい人物の欠点や情けないエピソードを知って、歴史がより身近に面白く感じられるよう構成しているのだ。

子ども向け「やばい歴史入門書」が異例のロングセラーになった3つの理由

 また、卑弥呼が魏に貢ぎ物を送って日本の女王になったことについて「これを学校にたとえると、クラスのみんなが学級委員の座を狙ってケンカをしているなか、ぬけがけして教育委員会にワイロを送り、一気に校長先生になったようなもの」と解説するなど、子どもが偉人を身近に感じられるよう文章も工夫を凝らしている。

 各章の頭には歴史人物の相関図もあり、たとえば源頼朝と源義経の関係は「好きだったけどキライ」、豊臣秀吉と徳川家康の関係は「キライだけど仲良くしとかなきゃ…」等の感情をわかりやすく示しているので、歴史人物の関係性をよく知らない人も感情移入しやすい構成となっている。

理由2:東京大学教授の本郷和人先生の面白さ

『やばい日本史』を監修しているのは、歴史学者で東京大学教授の本郷和人氏。自身も数多くの著書を持ち、大河ドラマ『平清盛』をはじめ、多くのドラマ、アニメ、漫画の時代考証に携わっている。

 そんな「東大教授がおしえる」日本史の本だというのも、本書の大きな特徴だ。ダイヤモンド社の担当編集者は「本郷先生は高度な専門知識をもちつつも、真面目一辺倒ではなく、日本史を楽しく読者に届けることに理解がある方。それは、歴史に興味をもつ人をひとりでも増やしたいという信念からくるものです。『やばい日本史』の製作過程では、歴史学者として「この表現は正確でない」と原稿の細かな調整をしてくださったり、漫画のラフを見て「こうすると面白い」などアイデアを出していただいたりと、子どもたちが笑って学べる面白い本にするうえで、重要な役割を担ってくださいました。」と語る。

 専門家のしっかりした監修体制は、本を購入する保護者にも伝わる。新学期の始まりや長期休みには「我が子が歴史に興味を持つきっかけになれば」と本書を子どもに買い与える保護者が多く、年度始めと夏休みの期間には売上が約2倍に伸びている。

理由3:子ども向けっぽくない漫画とイラストが、大人にも刺さる

 子ども向けの本として企画したシリーズだが、子ども向けと知らずに楽しむ大人も多い。

 これは、漫画とイラストのタッチによるところが大きい。児童書らしからぬ、シュールな雰囲気のイラストを描いたのは漫画家の和田ラヂヲ氏。イラストの中に知的なギャグが多く盛り込まれており、大人のツボにも刺さるのだ。大人から反響が多かったのは、豊臣秀吉の箱入り息子・秀頼が箱に入ったイラストや、大奥の門限に遅れた春日局が野球審判風の門番に「(門限に)アウト!」を言い渡されるイラスト。

子ども向け「やばい歴史入門書」が異例のロングセラーになった3つの理由

 こういうギャグは子どもにはわかりにくいかもしれない。ただ、絵そのものに勢いがあるので、意味がわからなくても笑ってしまう。

 各章の冒頭にある「この時代のざっくりマンガ解説」は、漫画家の横山了一氏が担当した。戦国武将の戦を「ボクシング」にたとえて「桶狭間アッパー」「本能寺フック」等とざっくり解説したページでは、歴史好きの大人から「このたとえには笑った」と反響があったという。

子ども向け「やばい歴史入門書」が異例のロングセラーになった3つの理由

 ダイヤモンド社の宣伝プロモーション担当は「あえて子ども向けっぽくない見た目にしたことで、幅広い層が手に取りやすくなりました。書店でも話題の本コーナーなどに置かれ、結果的に読者層は小学生から90代までという類を見ない幅広さになっています。レジ前に置かれていて「ついで買い」をする人も少なくありません。「ついで買いできる価格設定」というのも隠れたポイント。このシリーズは本体価格1000円で、パラパラめくって面白そうだと感じたら、さほど悩まずに買うことができる価格設定です。」と語る。

 書店MARUZEN多摩センター店の店長曰く、「この本を買いに来たというより、レジに並んでいるときに手に取って面白いのでそのまま買って行くという、コンビニのガムや大福のようなついで買い商品になっていると思います」とのことだ。