(3)心理的安全性を確保する
対話の場では、お互いの意見にしっかりと耳を傾け、尊重し合うことが重要です。そして、そのためには、「言いにくいことを言ったとしても、その発言で干されることがない」ように心理的安全性を確保しておくことが重要です。これは、対話のなかでは反論してはいけない、ということではありません。反論や疑問はもちろん行ってよいのですが、どのような立場であれ、まず一度は「聴く耳」を持つこと、受け取ることが重要です。その上で、意見の相違が生まれているとしたら、その違いがどこから生まれているのかについて、探求していく姿勢が求められます。
例えば、ある場面での「意見の相違」一つとっても、出身組織の価値観の違いに由来するものや、情報量や経験の違いによるものなど、表面的な対立の深いところには、見えにくい真因が隠れています。私たちは、表面的に見える意見の対立を取り上げて、「あの人とは意見が合わない」「いつも個人的に責めてくる」と判断しがちです。そこで思考を止めず、何が意見の相違につながっているのかを探っていくことで、お互いの考えに対して、理解を促すきっかけになります。反対の意見を話すにしても、相手に対する敬意を忘れないことが重要なのです。
特にM&Aは、買った側のメンバーが、買われた側よりも心理的に優位に立ちやすい手法です。買った側のメンバーは特に意識していなくても、買われた側のメンバーは劣等感を持ちやすいものです。対話の場で用いる言葉の一つひとつに注意が必要です(*2)。
(4)対話のテーマ・対象物を明確にする
何をテーマに対話するのか、どんな問いを設定すれば対話しやすいのか、どのように対話を積み上げていくのかなど、単に対話の場を持つだけでなく、全体の枠組みやテーマに対する焦点の当て方を工夫していく必要があります。
例えば、対話の場の冒頭でM&AやPMIの全体像をインプットした上で、参加者から感じたことや疑問点を募ります。その上で、PMIを進めるための課題を抽出し、個別の施策に対するアイディアを出し合うなどの流れも考えられます。最後は、個人としてどのような行動ができるかを検討できる時間があると、組織と個人が紐づいて(自分ごと化)、次の一歩を踏み出しやすくなります。
(5)対話の目的や、その先の成果について丁寧に説明する
これまでのPMIでは、効率性・合理性が重視されていました。そのような雰囲気のなかでは、関わるメンバーが「お互いの想いを語り合う」ということに対して、そんなに時間はかけられない、あるいは、そもそも効果がないのではないかといった、対話の効果を疑問視する傾向があると思います。なぜ膝を突き合わせて対話することが重要なのか、関係者にしっかりと伝えることが重要です。対話の時間を持つことは、結果としてシナジー創出の追い風となり、M&Aに対する受容感を高めることにもつながることは、研究結果からも見えてきています。
(6)出身組織を肯定しつつ、PMIの先にあるビジョンを語る
出身組織に対して愛着や帰属意識を持つのは、当たり前の姿です。組織図が変わっても、その想いは簡単には切り替えられません。しかし、出身組織を大切に思っていたからといって、新組織のビジョンに共感できないわけではありません。過去は肯定しつつも、未来のビジョンとの共通点を見出しながら、少しずつ、未来志向の対話や問いを設定していくことが重要です。例えば、「M&A後の組織のビジョンについて、共感できるところはどこですか?」「出身組織で持っていたビジョンと重なる部分はどこですか?」などの問いかけを行うことで、ネガティブな視点をポジティブに切り替えることができます。
中原淳 (なかはら じゅん)
立教大学経営学部教授。立教大学大学院経営学研究科リーダーシップ開発コース主査、立教大学経営学部リーダーシップ研究所副所長などを兼任。博士(人間科学)。1998年東京大学教育学部卒業。大阪大学大学院人間科学研究科で学び、米マサチューセッツ工科大学客員研究員、東京大学准教授などを経て現職。「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人材開発・組織開発・リーダーシップ開発について研究している。著書に『M&A後の組織・職場づくり入門』『組織開発の探究』(共著、HRアワード2019書籍部門・最優秀賞受賞)『研修開発入門』(以上、ダイヤモンド社)、『職場学習論』『経営学習論』(以上、東京大学出版会)ほか多数。
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