M&Aを成長戦略として積極的に活用しているある企業では、M&A直後、様々な形で意図的に対話の機会を設けたそうです。担当者は次のように話しています。

「月2回、社員の総会、事業部の戦略発表の機会を持ち、相互の交流を進めていきました。また、戦略の具体的な事例について、ワークショップ形式で話して、役員とも共有しました。全部で20回ぐらいはやったと思います。社員からすれば負担だったと思いますが、お互いの理解を促したり、これからの会社をより良くするために取り組みました」

 対話という軸をつくり、徹底してやり抜く姿勢が、協働に向けての道筋を形づくっていったのだと思います。

 M&Aの進捗を現場でサポートしているある企業のメンバーは、「組織文化に大きな違いがあるのは認識しています。ただ、残念ながら、話し合う機会がありません。日々の業務や統合のスピード感が待ってくれないところもあります」と、話してくれました。

 目まぐるしく進む日常の業務のなかで、対話の時間をとることは決して簡単ではないと思います。しかし、深い価値観を共有するこうした時間を持てないことが、ミス・コミュニケーションにつながり、結果として業務を進めるにも余計な時間が発生する、という悪循環につながってしまいます。「急がば回れ」ではないですが、対話の時間を通じて、業務の効率化や成果を生み出すことにつなげるという目的意識を持ちながら取り組む必要があります。

 マネジャーにもいろいろな考えを持つ人がいますので、対話の重要性についての認識も様々だと思います。可能であれば、マネジメント層も巻き込みながら、全社として対話の時間を持つことの必要性を啓発・実践し続けていけると、PMIをスムーズに進めることができるはずです。

対話の場をデザインするときに
注意したいこと

 対話の場をつくる際には、いくつかのポイントがあります。特にM&Aは、買った側・買われた側という対立関係が生まれやすい手法なので、より一層の注意が必要です。

 対話のファシリテーターは、特定の個人・グループの発言を重視しないよう、ニュートラルな立ち位置を保つ必要があります。その他、より活発な対話を進めるために、議題や進行の流れ、対話のルールなどを事前に決めて、共有しておく必要があります。

 対話の場をつくる際に注意すべきポイントを、以下にまとめておきます。

(1)中立的な第三者や外部のファシリテーターに依頼する

 利害関係のある当事者同士で対話をファシリテーションすると、中立的に話を進めていくのが難しくなる場合があります。自身の出身組織が大事にしている組織風土・価値観に共感しやすくなるのは、仕方のないことです。どれほどニュートラルに振る舞っていても、相手の組織メンバーからは、そうは捉えられないものです。当事者ということで、どうしても会社に対する自身の想いが強く出てしまい、視野が狭くなる可能性もあります。したがって、利害関係が少ない社外のファシリテーターを活用することで、忌憚のない意見が参加者から出やすくなります。

(2)テーマに応じて参加者の選び方を工夫する

 対話の場をデザインするときに注意したいのは、「誰を呼ぶか」ということです。大原則として、そのテーマに関わるメンバーにはきちんと声をかけ、巻き込んでいく必要があります。また、興味関心の薄いメンバーが対話の場に入ることで、場がしらけてしまったり、ダラダラしてしまったりと、良い対話につながらないおそれも生まれてきます。

 参加者を選定する際は、大きく2つのパターンがあります。

A.広く参加者を募り、参加者の多様性を意識する
B.扱うテーマに適した参加者を選定する

 Aの「広く参加者を募る」パターンには、例えば、全社員を巻き込んでタウンホール・ミーティングを行い、M&Aの目的や成果、新しい組織の価値観について、情報を共有したり、社員の想いを聴いたりするような場面が想定されます。会社の大きな方向性に関わる内容なので、できるだけ多くの社員に参加してもらえるほうがいい、というわけです。

 Bの「扱うテーマに適した参加者を選定する」パターンとは、特定の部署やチームに関するテーマ、特定の業務や領域(業務オペレーションなど)に関するテーマなど、そのテーマに関係する社員を集めて開催する場合です。例えば、買った側・買われた側の営業メンバーが集まり、営業で大切にしている想いや、新組織の営業のあり方などについて対話する場面が想定されます。関係するメンバーに過不足なく参加してもらうことが重要です。特定の個人から影響を受けすぎないよう注意する必要はありますが、意見を聴きたいキーマンがいれば、参加してもらえるように事前に取り計らっておくことも大切です。

M&A後の組織づくりで「対話の場」をどうデザインするか?

『M&A後の組織・職場づくり入門』編著者

齊藤光弘 (さいとう みつひろ)

合同会社あまね舎/OWL:Organization Whole-beings Laboratory代表。組織開発カタリスト。企業における組織づくりや人材育成の領域で、現場支援と研究を融合させ、メンバーが持つ想いと強みを引き出すためのサポートに取り組む。組織開発や人材開発、コーチングといった手法を有機的に組み合わせながら、組織全体の変容と個の変容を結び付け、支援の実効性を高めている。M&Aのプロセスをサポートするコンサルティングファームのコンサルタント、事業承継ファンドのマネージャーを経て、東京大学大学院にて中原淳氏に師事し、組織開発・人材開発の理論と現場への応用手法を学ぶ。2020年3月まで國學院大學経済学部特任助教を務めるなど、大学でのリーダーシップ教育、アクティブラーニング型教育の企画・実施にも関わる。著書に『M&A後の組織・職場づくり入門』(ダイヤモンド社)、『人材開発研究大全』(東京大学出版会)がある。