武雄抜きでの臨時取締役開催を画策
代表権と会長職剥奪で反撃を封じる

 夕方に武雄が引き上げると、籠城していた役員らは弁護士と対応策の協議を始めた。そこで打ち出された反撃策が「代表権剥奪」と「名誉会長への棚上げ」である。翌7月28日に臨時取締役会を開催し、武雄の代表権を剥奪し(代表取締役解職)、会長から名誉会長に棚上げしてお飾りにすることで、経営的に無力化してしまおうというのである。

 だが、この反撃策を成立させるには絶対的な必要条件があった。それは「武雄に取締役会の開催(重要事項決議案の提出)を知られてはならない」「武雄を取締役会に出席させてはならない」ということである。代表取締役解職などは重要事項であり、事前に武雄が知ってしまうと取締役会を解散してしまう可能性がある。また、武雄に選任・了承してもらった恩義のある取締役が、老いたりとはいえ、“神様”たる武雄を目の前にして解職決議に賛成できるかどうか心情的に怪しいということもある。だからといって、武雄に取締役会の招集通知を送付しなければ、取締役会決議が無効になってしまう恐れがあった。

 そこで編み出された奇策が、「武雄に、取締役会が終わるまで招集通知を読ませない」ということだったのだろうか。武雄に取締役会の招集通知が発せられたのは、ロッテ本社に乗り込んだ27日当日の23時23分。連絡方法はなんと電子メールだった。しかも、そのメールアドレスは、ロッテ社員全員にそれぞれ機械的に割り振られたもので、武雄が自分で使ったことなど皆無だった。加えて、念の入ったことに取締役会の開催時間は午前9時30分。長年、武雄の秘書を務めていた、前出の磯部哲は、「武雄会長が出社するのは通常、10時以降でしたので、この招集通知に気がつかず、たまたま10時に出社したとしても、取締役会は終わっているという時間の設定だと思います」と語る。

 乱暴な言い方だが、大企業の代表取締役会長、しかも94歳の高齢者が深夜に届いたメールを自身でチェックして、翌朝の緊急取締役会に駆けつけるということなどあり得るのだろうか。結局、武雄は自分の代表権を剥奪する議案が上程される予定の取締役会が開催されることを知ることはなかった。まさに「だまし討ち」と呼ぶべき手口である。

 さらに役員らは、議決権で鍵を握る従業員持株会には強力な圧力をかけていた。27日の武雄の指示は無効であると主張し、従業員持株会の理事長に対しては同期の社員を通じて辞任を働きかけ、その後、昭夫や佃の意向に沿った理事長と新理事に入れ替えた。臨時取締役会の開催当日、ロッテ本社は厳戒態勢が敷かれ、シャッターも下ろされて部外者はロックアウトされた。こうして名実ともに、防御壁を固めた上で臨時取締役会を開催し、武雄の代表取締役の解職と実権のない名誉会長への棚上げを決議した。

 後に武雄が起こした取締役会決議無効の確認訴訟で、取締役会招集手続きが適正に行われたかという点について原告(武雄)代理人から質問されると、佃は自分たちの正当性を主張する。取締役会の招集通知が、通常の3日前ではなく前日の深夜に発せられていたり、電子メールで行われたことは「緊急時には認められているルールに則ったもの」と説明した。さらに、そうした緊急対応が必要だったのは宏之たち同行者の“暴挙”が原因だと主張したのである。

「前日の27日のように、社員を集め、そこに車椅子の原告をお連れいたし、原告のお名前を借りて、この人事を発令するという案内をしたわけでございまして、私どもといたしましては現体制がこのような会長の、会長を錦の御旗にして、またどのような暴挙が行われるのか、これはわれわれの経営にとっては大変な重大事でございますんで、即座の判断をいたした次第でございます」(*1)

 これまでに「会長を錦の御旗にして、暴挙を行った」のは誰なのかをすっかり忘れてしまったような主張には苦笑するしかない。門外漢の目には、「違法」ではないが「脱法」、つまり巧みに法の裏をかいたようにしか見えない。違法でないことと倫理的であるかどうかは同一の基準にはないが、現代の企業経営では合法性を当然のこととして、その上で倫理性をいかに高めるかが求められている。ロッテには内部統制や企業統治(コーポレートガバナンス)という理念はなかったのだろうか。