世界が全部ブルーに染まる絶景

こうしてなんとか気をとりなおした私たちは、ホテルのまわりを散歩したり野生のシカだかガゼルだかの写真を撮ったりしながらウユニ塩湖ツアーまでの時間をつぶしていた。

さて満を持してやってきたウユニ塩湖。塩が続く道をひたすらインディ・ジョーンズが好んで乗りそうなでかい車で走り、鏡張りになっている場所を探す。

「日焼け止めは塗ったか? ウユニの日差しは強いぞ。一回じゃダメだ。三回塗るんだ」とツアーガイドのフランクで屈強なボリビア人のフェデリコ(仮名)にスペイン訛りの英語で言われる。「ちゃんと塗っておけよ。リップクリームもだ。唇が裂ける。あとで後悔することになるぜ」。

本当にな。ウユニの前に訪れたマチュピチュでは舐めていたせいでひどい目にあった。南米の太陽というのは日本の比ではないのだ。標高が高いのでそのぶん太陽も近い。私は一日山登りをしただけで耳の裏と手の甲の皮がずるりと剥けてしまった。またそうなってはたまらないので今度は十分すぎるくらい何度も日焼け止めを塗る。真っ白な塩の大地に反射する光が強すぎて目に悪いとフェデリコが言うので、サングラスもかけておく。

さて、わくわくしながら鏡張りしているところを探すこと数十分。

「さあ、着いたよ。ヒアウィーアー!」

フェデリコに促されるまま、車を降りる。

長靴を履いた足で地面を踏むと、うっすらと水たまりができているのがわかる。

おお……おお……! ウユニだ! ずっと夢見たウユニだ! 世界一の絶景ウユニだ!

本当に目が痛くなるほど真っ青な空がそのまま水たまりに反射して、世界一面が青に染まる。ここにいるのは自分と彼と、ついでにフェデリコだけ。な、なんと幻想的な。これが長い間待ち望んでいたあのウユニかー! すげー! ウユニすげー!

キラキラ光るウユニ塩湖にはしゃぎながら私たちはパシャパシャと写真を撮りまくる。定番の鏡張り写真も撮る。自分が空中に浮いているように見える写真を何とか撮ろうとチャレンジ。

「すごーい!」
「きれいだなー」
「ねー」

気まずい雰囲気になっていたのが嘘のよう。さすがウユニである。絶景はやはりすごいのだ。喧嘩していた人たちの空気を緩和するだけの力もあるのだ。

ひたすらパシャパシャと写真を撮り続ける私たち。フェデリコもツーショット写真を撮ろうと気を使ってくれる。私たちが二人ではしゃぎたい時は黙って車の中で待っていてくれる。空気が読める。さすがフェデリコ。だてに世界一の絶景でガイドやってないね。なんて、一人思いながらまた写真を撮る。

さて一通り遊んで写真もたくさん撮ったので、そろそろ行くかということになった。が、何かがひっかかる。気づかない振りをしようと思えばできるくらいの、ほんの少しの違和感が、そこから離れることを躊躇させた。

「いい写真はたくさん撮れたか?」

そう聞いてくるフェデリコにイェア! なんて二人で元気にブイサインしちゃいるが、車に乗り、後ろに過ぎ去るウユニを見ながらも、何かが、納得できていない。

フェデリコが撮ってくれた写真を私たちに見せる。

「ナイスカップル!」そう言って快活に私たちをからかうフェデリコに、二人してニヤニヤ。

「すごかったね」とはしゃぎながらも、何か、なーんか、思ってたのと違う、なんて。あれ? このまま帰っていいんだっけ?

目の前の景色が本当に絶景で、すごくきれいで、感動したということは、紛れもない事実なのに。

何だろう、と思いながらも、まあ気のせいかと蓋をしてしまった。

そして、私たちは帰国した。

結論から言えば、私とその彼は、ウユニ塩湖に旅行に行った三ヵ月後に、お別れすることとなった。

理由はやっぱり簡単で、自分のことをわかってもらおうとする私に、彼はついに、嫌気がさしてしまったのだ。

「俺、彼女には、そういうの求めてない。ニコニコ笑って甘えてくれるだけでいい。別にそんな、真剣な話ができるとか、真面目な話するとか、そういうこと求めてないんだよ」

そう淡々と言う彼に、なんだよ、やっぱり甘えてくれる女がいいんじゃん。あの時言ってたこと、違うじゃん。あのあと、頼れる女になろうと頑張ったのに。

心の中で文句を言いながらも、あー、なんだ、彼はもともと、合わない人だったんだ、とようやく気がついた。結局何をしても私と彼は合わない。私が彼の態度に満足することはないし、彼が私をメンドクセー女だと思わなくなる日も、おそらくもう二度と、来ない。

そういうことだ。単なる相性の問題だ。

結局、私たちが一生懸命撮ってフェイスブックにアップしたウユニ塩湖の、いかにも「青春」といった写真は、単なる失恋の証みたいになってしまったから、友人たちへの自慢の材料にすらならなかった。

せっかくウユニ塩湖に行ったのにもったいないと思わないでもなかったが、嫌なことを思い出したくもなかったので、それ以来、南米の写真は仕舞ったまま、パソコンのアルバムのフォルダを開くことはなくなった。そしてウユニ塩湖に行った時に覚えた奇妙な違和感も、失恋のショックで忘れてしまった。