「ウユニ塩湖に行けば人生変わる」は甘い嘘だったけれど

でも、と私は大学の思い出の写真を、もう一度見返す。

友達と旅行に行った時の写真、サークルの写真、留学の時の写真……。いろいろなことがあった。時間がたくさんあった。遊んで、勉強して、また遊んだ。バカなことをたくさんやった。歩いて山手線を一周するという本当にバカみたいなことに全力で取り組んだこともあった。別に自分の中で何かを変えたいからやったわけじゃない。成長できたとも思わない。ただひどい筋肉痛になっただけだ。でも楽しかったのだ。とても。

高田馬場駅の前で疲れ切った顔で笑う自分と友人たちの写真を見ながら、大学に入る前と今で自分は変わったか、と改めて振り返る。

根本は変わっていないと思う。基本的な考え方も。でも価値観や人生観は少しずつ変わった。より多くの自分の感情に気がつくことができた。前ならすぐに怒っていたことで怒らなくなった。逆に、前には怒らなかったことで、怒るようになった。

たしかに変わった。でもいつ変わったのかと聞かれると、思い出せない。ただ、気が付いたら変わっていたのだ。なんとなく。前の自分よりも。

そんなものだ。世界は一瞬では変わらない。人生観も変わらないし、一瞬で人は成長しない。でもずっと変わらないかというと、そうでもない。きっと毎日毎日、少しずつ、いろいろな時間を体験して、感情を積み重ねていって、そうしてふと気がついた時に、何かが変わっている、そんなものなのだ。くだらないことや、時間の無駄と思えることでも、振り返れば無駄だと思っていた瞬間が大きなターニングポイントになっていたということもあるし、いかにも人生の転機になりそうなイベントがまったくもって影響していなかったということもある。事実、大学卒業間際になって「青春って何だろう」と考えると、案外、ウユニなんかよりもずっと印象深く、山手線を爆笑しながら一周したことを思い出したりもするのだ。予想通りには行かないもんだ。

でも別にそれでいいのだと思う。簡単に変わることができない自分に嫌気がさすかもしれない。時間を無駄にしている自分を追い詰めたくなるかもしれない。けれどそんなものなのだ。人生なんて。私だって、承認欲求をなくしたいと気がついたのは随分前だが、一向に消えるどころか、ますます増えているような気さえする。

「ウユニ塩湖に行けばガラッと人生変わるよ」なんて、単なる甘い嘘だった。けれど、そんな嘘を純粋に信じ切っていたからこそ、恋愛したり、自分のダメさ加減に辟易したりできた。さまざまな失敗や寄り道を繰り返すことができた。そのおかげで今があるのだとしたら、たしかに遠回りだったかもしれないけれど、きっと必要な時間だったのだろう。

世界も自分も、そう簡単には変わってくれない。めんどくさいけどさ。でも面白いから、それでいいや。

そうやって無駄な時間や、コスパの悪い時間も愛せるようになっているのは、少しは自分が、前より好きな自分に近づいているからだと言えるだろうか。言ってもいいよね、きっと。

そう心の中で言い聞かせながら、私はその南米旅行のフォルダを、もう一度とじる。

さて、次にこれを開くとき、私は何を思うのだろう。

ウユニ塩湖に行ったからって、世界は何も変わらない川代紗生(かわしろ・さき)
1992年、東京都生まれ。早稲田大学国際教養学部卒。
2014年からWEB天狼院書店で書き始めたブログ「川代ノート」が人気を得る。
「福岡天狼院」店長時代にレシピを考案したカフェメニュー「元彼が好きだったバターチキンカレー」がヒットし、天狼院書店の看板メニューに。
メニュー告知用に書いた記事がバズを起こし、2021年2月、テレビ朝日系『激レアさんを連れてきた。』に取り上げられた。
現在はフリーランスライターとしても活動中。
私の居場所が見つからない。』(ダイヤモンド社)がデビュー作。